抄録
【目的】 近年、高齢者の下肢筋力を簡便に評価する方法として、30秒椅子立ち上がりテスト(CS-30)が注目されている。Jonesらによって高齢者の下肢筋力評価法として考案されたCS-30は、中谷らにより我が国に普及したテスト法であり、簡便に測定可能な下肢筋力評価法であるとされている。CS-30は、年齢ごとに基準値が定められ、高齢者の下肢伸展筋力との中等度の相関が報告されている。また、大腿骨近位部骨折術後患者や脳卒中片麻痺患者の最速歩行速度との正の関連性や、要介護高齢者における排泄動作の自立度判定の基準になり得る事が報告され、臨床的有用性は高いと思われる。しかし、臨床でCS-30を行なった場合に、疲労感から動作を自己中断する患者を度々経験する。そのため、短時間の立ち上がり動作反復にてCS-30と同様の結果が得られ、対象者の疲労感を軽減できないものかと考えた。そこで本研究は、大腿骨近位部骨折患者における10秒椅子立ち上がりテスト(CS-10)の有効性を検討することを目的に、1.CS-10とCS-30の関連性、2.歩行能力とCS-10およびCS-30との関連性について調査した。【対象・方法】 対象は、回復期病棟に入院中の大腿骨近位部骨折後患者19名(男性5名、女性14名、82.9±8.4歳)とした。その内訳は、観血的骨接合術11名、人工骨頭置換術7名、保存療法1名であった。また、受傷から当院入院までの期間は37.1日±13.2日であった。本研究の除外項目は、重度の認知症を有すること、立ち上がり動作に介助を有することとした。調査項目は、CS-10、CS-30、10m歩行速度、歩行能力とした。CS-10とCS-30は、中谷らの方法を一部改変して両上肢の補助的使用を許可し測定を行い、双方の関連性はPearsonの相関係数を用いて検討した。歩行能力は、独歩、杖、歩行器・押し車、介助歩行、歩行不可の5段階で評価した。次に、歩行能力を病棟内で独歩および杖歩行が可能群(高歩行能力群)と、独歩および杖歩行が要介助または歩行器や押し車使用群(低歩行能力群)とに2群化し、2群間で10m歩行速度、CS-10、CS-30をunpaired-t test(Welch法)を用いて比較した。【説明と同意】 対象者には本研究の目的・方法を十分に説明し、同意を得た上で研究を行った。【結果】 CS-10とCS-30の関連性は、CS-30は12.7±4.7回、CS-10は4.5±1.7回であり、相関係数はr=0.973(p<0.01)であった。各歩行能力群における10m歩行速度は、高歩行能力群14.5±6.8秒、低歩行能力群29.3±15.8秒。CS-10は、高歩行能力群5.8±2.8回、低歩行能力群3.4±1.1回。CS-30は、高歩行能力群15.5±5.8回、低歩行能力群8.9±2.8回であり、全てにおいて有意な差を認めた。【考察】 一般的にCS-30は、年齢ごとに基準値が定められ、高齢者の下肢伸展筋力や歩行速度との有意な相関が報告されており、要介護高齢者の排泄動作の自立度を判定する基準になり得る事が報告され、臨床的有用性は高い。しかし、虚弱した高齢者では30秒もの間継続した立ち上がり動作において疲労を訴えるものが多い為、今回10秒間での立ち上がりテストを実施し、CS-10とCS-30の関連性と歩行能力との関連性について検討した。結果より、CS-30とCS-10の間に高い相関が認められた。このことは、CS-10においてもCS-30と同様に、下肢筋力が反映された事が考えられる。また、CS-10測定時に疲労による自己中断が認められなかった。よって、CS-10は、CS-30と同様の精度を保ちつつ、CS-30と比し測定時間の短縮や負担の軽減を図れると考える。各歩行能力群におけるCS-10とCS-30は、双方において両群間で有意な差が認められた。このことは、歩行能力に大きく関連する下肢筋力が反映されたと考える。これらのことから、CS-10は、高齢の大腿骨近位部骨折患者に対し歩行能力判定のスクリーニングの一つになり得ることが示唆された。今後は、大腿骨近位部骨折術後患者における、CS-10と下肢筋力との関連性、CS-10およびCS-30と下肢筋力との関連性を比較し、CS-10を用いた身体機能的予後予測などを調査し、有用性を検討したいと考える。また、大腿骨近位部骨折術後患者以外の患者におけるCS-10の有用性も検討したいと考える。【理学療法学研究としての意義】 大腿骨近位部骨折術後患者における歩行能力は、術創部痛の影響を受けやすい。術創部痛の影響を受けにくい立ち上がり動作にて下肢筋力や歩行能力を推し量ることは、治療内容、予後予測、目標設定などの一助になるものと考える。その評価における実施時間が短縮され、患者の負担が軽減されることは有意義だと考える。