抄録
【はじめに】 人工股関節全置換術(以下THA)後の患者が、実際の脚長差の有無に関わらず、自覚的な脚長差を訴えることは少なくない。この原因として、骨盤傾斜や股関節可動域制限、腰椎側彎などに起因する見かけ上の脚長差の影響が報告されている。後療法において見かけ上の脚長差を評価し、自覚的脚長差の是正を図ることは重要である。今回、我々はTHA術後における自覚的脚長差について経時的に調査したので報告する。【方法】 対象は2010年4月から2011年8月までに当大学附属4病院において初回片側THAを施行し、術前および術後5か月までの評価が可能であった31例(男性11例、女性20例、平均年齢62±12歳、変形性股関節症28例、大腿骨頭壊死3例、いずれも片側罹患)とした。膝関節、足関節に明らかな変形や拘縮を有する症例、また脚長差に影響を及ぼす下肢の骨関節疾患の既往を有する症例は除外した。これらの症例につき、術前、退院時、術後2か月、5か月における自覚的脚長差の有無とどちらが長く感じているか(術側/非術側)を調査した。次に、他覚的な脚長として棘果長(以下SMD)を計測し、その差を術側が長い場合を正、短い場合を負として表した。退院時に自覚的脚長差を認めた群と認めなかった群でその値(SMDの差)に差があるか、Mann-WhitneyのU検定を用いて比較した。加えて、特徴的であった症例を提示する。【倫理的配慮】 本研究は本学倫理委員会の承認を得た後に、ヘルシンキ宣言に基づき患者への説明と同意を得た上で測定および問診を行った。情報をカルテより後方視的に収集し、個人名が特定できないようにデータ処理した。【結果】 31症例中、退院時(術後平均25±8日)に自覚的脚長差を訴えていたのは12例(39%)であった。12例中9例は術側が長いと自覚し、3例は非術側が長いと自覚していた。術後2か月時まで自覚的脚長差が残存していたのは8例、5か月時まで残存していたのは1例であった。すなわち、退院時に下肢長差を自覚していた12例中11例(92%)では、術後5か月までに自覚的脚長差は消失していた。5か月まで残存した1例は脊柱側彎が著明な症例で、SMDにも1cmの差を認めていた。退院時に自覚的脚長差を認めた群の術前のSMDの差は平均-1.0±1.24cm(-4~0cm)、術後のSMDの差は平均0.08±0.42cm(-0.5~1cm)であった。また、退院時に自覚的脚長差を認めなかった群の術前のSMDの差は平均-0.84±0.96cm(-2.5~0cm)、術後のSMDの差は平均-0.11±0.27cm(-1~0cm)であった。両群のSMDの差には統計的有意差は認めなかった。症例提示:57歳女性、右高位脱臼型変形性股関節症(殿筋内脱臼)。平成7年頃より腰痛や右殿部痛が出現し、当院受診。平成23年4月に大腿骨短縮骨切り術を併用したTHAを施行された。術前は、独歩可能であるが跛行を認め、立位姿勢は腰椎の側彎および罹患側下の骨盤傾斜が著明であった。術後は、翌日より端座位、2日目より車椅子乗車、1週より歩行開始とプロトコール通りに進んだ。大腿骨短縮骨切り術の併用により真の脚長は術側が1cm短かったが、術後1週歩行開始時には、骨盤傾斜と股関節外転位が著明であり、術側が長いという自覚的脚長差が明らかであった。そこで、通常訓練に加え、骨盤傾斜是正を目的として非術側の下肢押し出し訓練、また、内転可動域獲得を目的として、立位での術側への荷重移動を利用しながらの外側ストレッチなどを継続的に実施した。また脊椎側彎に対しても棒体操や体幹筋強化を行った。杖歩行自立し術後4週にて退院。退院時には2cmの自覚的脚長差を認めたが、術後2か月で1cmに減少し、5か月では消失した。姿勢も改善し、X線画像においても術前の腰椎cobb角20°が術後3か月で8°に改善していた。【考察】 今回の検討の結果、術後の他覚的な脚長差(SMD差)は全例で1cm以内であり、術後に自覚的脚長差を認めた群と認めなかった群に有意差はなかったことから、自覚的な脚長差の多くは見かけ上の脚長差に起因していたものと推測された。また、提示症例のように、見かけ上の脚長差の要因に基づき適切にアプローチすることで、自覚的脚長差は経時的に改善されることが判明した。術後5か月まで残存した1例では、著明な脊柱側彎による見かけ上の脚長差と真の脚長差とが混在しており、是正が困難であったと考えられた。今後は自覚的脚長差と他覚的脚長差を正しく評価すること、是正のための有効なアプローチをさらに検討していくことなどが重要と思われた。【理学療法学研究としての意義】 本研究は自覚的脚長差の術後経過やアプローチに関する知見を提供するものであり、THA後療法の一助となると考えられる。