抄録
【はじめに、目的】 本邦ではクリニカルパスやDPC導入により人工股関節全置換術(THA)後の在院日数は短縮傾向にあり、医療の効率化が図られている。当院においてもクリティカルパス導入により術後3週間での退院となっている。術後の理学療法を効果的に進めるために術前の運動機能から術後の歩行能力を予測することは重要であり、どのような要因が術後の歩行能力に影響を及ぼすか知ることは、理学療法アプローチや患者指導を明確にする。本研究の目的は術前の股関節機能、股関節および膝関節筋力、術後歩行獲得日数から退院時の歩行能力を予測できるかどうかを検討することである。【方法】 対象は当院にて2010年5月から2011年9月までに一側性の変形性股関節症により初回THAを施行した36名(男性2名、女性34名、年齢68.1歳)とした。手術方法は、全例後側方アプローチであり、術後の理学療法は当院のプロトコールに準じて行い、術後3週で退院となった。術前・退院時の評価項目を股関節機能、下肢筋力、歩行能力とした。股関節機能の評価として日本整形外科学会股関節機能判定基準(JOAスコア)を使用した。下肢筋力として術側の股関節外転筋力および伸展筋力、膝関節伸展筋力を徒手筋力計(アニマ社製μ-TasF1)にて等尺性筋力を測定し、それぞれの筋力値は、トルク体重比(Nm/kg)にて算出した。歩行能力はTimed up and go test(TUG)で評価した。また、術後の歩行獲得状況として、歩行獲得日数(術日から病棟内歩行器歩行自立までの日数)をカルテより後方視的に調査した。 統計処理には、各評価項目での術前・退院時の比較を、対応のないt検定を用いた。退院時の歩行能力と各評価項目との関連性の検定にはピアソンの相関係数を用いた。さらに、有意な相関のみられた項目、年齢、性別、BMIを説明変数、退院時のTUGを目的変数としたステップワイズ重回帰分析を行った。統計解析にはSPSSver17を使用し、いずれの検定も統計学的有意基準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は当院の倫理委員会の承認を受け、各対象者には本研究の趣旨ならびに目的を書面・口頭にて詳細に説明し、研究への参加に対する同意を得て実施した。【結果】 術前・退院時の各評価項目では、股関節外転筋力・伸展筋力、JOAスコアは退院時に有意に向上していた。歩行獲得日数は平均7.7日(3~13日)であった。退院時のTUGと有意な相関関係のみられた項目は、術前JOAスコア(r=-0.55)、術前膝関節伸展筋力(r=-0.50)、術前TUG(r=0.50)、歩行獲得日数(r=0.64)であった。さらに重回帰分析(R2=0.6)の結果、術前膝関節伸展筋力(β=-0.35)、年齢(β=0.29)、歩行獲得日数(β=0.44)、術前JOAスコア(β=-0.33)が抽出された。【考察】 先行研究では、術前の股関節外転筋力から術後の歩行能力を予測できるという報告があるが、今回の結果では、術前の膝関節伸展筋力と股関節機能が退院時の歩行能力に強く影響していることが示された。その中で、退院時の歩行能力を予測する最も重要な術前因子は膝関節伸展筋力であることが明らかとなった。このことは、股関節痛の強い術前において、膝関節伸展筋に対するアプローチが可能であり、患者のリハビリ意欲の向上にもつながると考えられた。また、術後の歩行獲得時期が退院時の歩行能力に関連していることが示されたことは、術後早期に歩行を再獲得することで、より多くの歩行時間が確保され、歩行能力改善につながると考えられた。歩行能力改善が遅延しそうな患者やパス逸脱の可能性がある患者を早期から把握することで、理学療法プログラムの変更や転院調整の準備が可能となると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 先行研究より人工膝関節全置換術施行患者の機能回復に術前の膝関節伸展筋力が影響することは明かにされているが、本研究では、THA術後患者において、術前膝関節伸展筋力から退院時の歩行能力を予測できることを明らかとした。この結果は手術予定患者や術後早期の患者に対し、理学療法をすすめていくための根拠となることから、理学療法学研究として意義があるものと考えられた。