抄録
【はじめに】 近年,慢性疼痛は,脳の構造と機能の変化によって生じるという証拠が増えている(Wand 2011)。そしてMirror therapyやmotor imagery program,Virtual Feedbackなどのニューロリハビリテーション技術が開発され,幻肢痛やcomplex regional pain syndrome (CRPS),神経因性疼痛といった四肢の慢性疼痛に対して臨床試験が行われ効果を挙げている(Moseley 2007,Sumitani 2008,Mercier 2009,Sato 2010)。しかしながら慢性頚部痛に対する有効な手段は開発されていない。本研究では,他者の頚部運動を後方から観察し,その他者の視線方向を推測する課題(視線方向認知課題;GDR)を開発し(信迫2010),慢性頚部痛を呈した頚部運動器疾患患者に対して,無作為化比較試験を実施した。【方法】 参加者の母集団は2011年3月中の1週間に,東大阪山路病院リハビリテーション科,みどりクリニックリハビリテーション科を受診した外来患者120名であった。本研究の包含基準と除外基準に従い,103名を除外した残りの17名が本研究に参加した。対象患者17名を,物理療法とGDRを実施するGDR群9名と,物理療法のみを実施するコントロール群8名にランダムに割付けた。介入期間は3週間で,合計11回の介入を実施し,フォローアップ測定を介入終了後から15日後に実施した。主要アウトカム評価は自動運動での頚部回旋可動域(Goniometer,Biometrics社)とその運動時頚部痛(100mmVAS)とした。二次アウトカム評価はGDRの正反応時間(msec)と正答率(%)とした。物理療法実施者と主要アウトカム評価者は患者割り付けをマスクされた。主要アウトカムは,二元配置分散分析を群(GDR/コントロール)と期間(全12回)の2要因で実施した。post hoc検定にはBonferroni法を用いた。即時効果は,両群とも介入前後でPaired t-testを使用して比較した。二次アウトカムは,一元配置分散分析を行い,post hoc検定としてBonferroni法を用いた。主要・2次アウトカムについて,Pearsonの相関係数を用いて相関関係を分析した。有意水準は全て5%未満とした。【説明と同意】 全ての参加者に対し,ヘルシンキ宣言に準拠し,文書による説明を行い,署名による同意が得られた。本研究は,医療法人孟仁会(承認番号:H22-12)および畿央大学大学院健康科学研究科研究倫理委員会(承認番号:H19-12)にて承認された上で実施した。【結果】 介入期間中,両群で Trialからの脱落者はいなかった。介入前の両群の性別,年齢,疾患種別,罹患日数,物理療法の種類,主要アウトカムには有意差を認めなかった。主要アウトカムの二元配置分散分析の結果,期間と群の主効果,および群と期間の交互作用を認めた(all; p < 0.05)。GDR 群のみ期間の単純主効果が有意であった(all; p < 0.05)。Post hoc検定の結果,GDR 群のみ有意な経時的改善を示した。即時効果に関しては,両群とも有意な改善を示した(all; p < 0.01)。二次アウトカムでは,正反応時間の有意な短縮を認めた(p < 0.05)。またGDR 群の正反応時間と正答率の経時的変化と頚部回旋可動域と頚部痛の経時的変化には有意な相関を認めた(all; p < 0.01)。【考察】 GDR中の大脳皮質活動を記録した先行研究では,運動前野領域に有意な活動を認めたことから,GDRは運動イメージと同様の心的作業を表すと考えられる(信迫2010)。運動イメージを要するhand laterality recognition課題を使用した臨床試験でも,その正反応時間が短縮するに伴いCRPSや幻肢痛が軽減することが報告されている(Moseley 2006)。本研究でも,経時的な正反応時間の短縮が認められ,運動イメージの適正化が痛みの改善に貢献したと考える。頚部回旋可動域については,運動イメージによる運動機能そのものの改善も考えられるが(Zimmermann 2008),痛みの改善と有意な相関が認められたことから,痛みの改善による可動域の増大が示唆される。先行研究では,GDRが即時的な改善効果を有することは明らかにされていたが(信迫2011),本研究により,GDRが経時的な改善効果も示すことが明らかにされた。【理学療法学研究としての意義】 痛みが慢性化する原因には,脳内での感覚情報間の不一致が挙げられており(McCabe 2007),この不一致を解消する手段として,様々なニューロリハビリテーション技術が開発され改善効果が報告されている。しかしこの取り組みは,慢性頚部痛に対しては検証されていなかった。本研究は,物理療法と併用して実施したGDRが慢性頚部痛患者の運動時痛を経時的に改善することを明らかにした。GDRは,実施に広いスペースは必要なく,高価な機器も必要としないので,臨床的意義は大きいと考える。しかし,本研究のサンプルサイズは少ない。よって,今後の大規模研究による詳細な検討が必要である。