抄録
【はじめに、目的】 等速性筋力において、力-速度関係から角速度の増加に伴いピークトルクが減少することは広く知られている。しかしながら、角速度増加によるピークトルクの変化率について言及した報告は少ない。これに加えて、下肢外傷後の等速性膝関節伸展筋力の各角速度における筋力回復について、高角速度での回復が悪いと指摘した報告(Kannus 1987)がある一方、低角速度での回復が悪いとの報告(平澤 1998、山本 2000)もされており、一定の見解が得られていない。そこで今回我々は、下肢外傷後の女子競技選手における筋力回復を詳細に評価するための指標を作成することを目的として、60、180、300deg/secの各角速度における等速性膝関節伸展筋力を測定し、力―速度曲線を数式化し、補間された角速度におけるピークトルクの筋力比を求めたので報告する。【方法】 対象は女子バスケットボール選手74名148肢(年齢:17.3±1.9歳、身長:167.0±7.5cm、体重:60.2±7.8kg)とした。等速性膝関節伸展筋力の測定はメディカ社製Cybex Normを用いて60、180、300deg/secの角速度でそれぞれ3回施行し、ピークトルクを評価値とした。力-速度曲線の予測式の算出には、若山ら(1996)が示した指数関数F=F0×eav [F:発揮筋力、F0:最大筋力、e:自然対数(2.718)、a:筋力損失係数、v:角速度(Radian/sec)]を用いた。最大筋力を未知数とし、60、180、300deg/secの各角速度で得られたピークトルクの平均値で指数回帰を行い、最大筋力F0と筋力損失係数aの値を求め、力-速度曲線の予測式を算出した。得られた予測式より60から300deg/secまで30deg/secごとに各角速度におけるピークトルクの予測値を算出した。また、60、300deg/secの予測値を基準とし、各角速度におけるピークトルクの筋力比を求めた。【倫理的配慮、説明と同意】 被検者には、研究の趣旨を説明し同意を得た。【結果】 等速性膝関節伸展筋力の各角速度におけるピークトルクの平均値は60、180、300deg/secでそれぞれ149.0±30.2、94.7±17.9、68.3±14.5Nmであった。最大筋力F0は177.36Nm、筋力損失係数aは-0.1863、力-速度曲線の予測式はF=177.36×e-0.1863vと表された。この予測式より求めた各角速度における予測筋力は、60から300deg/secまで30deg/secごとに145.9、132.4、120.1、108.9、98.8、89.6、81.3、73.7、66.9Nmであった。また各角速度において60deg/secを基準としたピークトルクの筋力比は100.0、90.7、82.3、74.6、67.7、61.4、55.7、50.5、45.8%であった。同様に300deg/secを基準としたピークトルクの筋力比は218.2、197.9、179.5、162.9、147.7、134.0、121.5、110.2、100.0%であった。【考察】 力-速度曲線における筋力損失係数aは数式の性質上負の値をとり、0に近いほど角速度上昇に伴う筋力の減衰が少なく優れた値であるとされている。我々の渉猟しうる限り、女子競技選手を対象としてこの筋力損失係数aについて言及した報告はなかった。男子陸上競技選手を対象とした報告では一流選手で-0.1586、非一流選手で-0.1908とされており、性別の違いはあるが今回の-0.1863とほぼ同程度の値であった。また、今回予測式より求めた予測筋力は60、180、300deg/secにおいてそれぞれ145.9、98.8、66.9Nmで実測値と比較しても同程度の値であった。したがって、今回我々が求めた予測式が妥当であると考えた。また、予測式は自然対数eを底とする指数関数であるため、その性質上60や300deg/sec以外の角速度を基準としてピークトルクの筋力比を求めた場合でも、各角速度間での比率は60や300deg/secを基準とした筋力比と同じ値となるため、実施していない角速度に関してもピークトルクが推測できる。臨床の場面において、低角速度もしくは高角速度で顕著に筋力回復が不十分な選手では、その選手のピークトルクを予測式のグラフにプロットすることにより、力-速度曲線から解離していく角速度や、目標筋力に到達するまでに必要なトルクを明確に評価することができると考えた。そのため、筋力比は選手の筋力回復過程をより詳細に評価でき、個別のトレーニングプログラムの立案に有用であると考えた。【理学療法学研究としての意義】 今回我々が算出した予測式より求めた予測値と各角速度間での筋力比は、力-速度曲線から解離していくような筋力回復の特徴を示す選手におけるトレーニング指標として有用である。力-速度曲線から得られた筋力回復指標は、個々の選手に対して詳細なリハビリテーションプログラムを立案するための評価基準として意義があるといえる。