抄録
【はじめに、目的】 膝前十字靱帯(ACL)損傷は非接触でのスポーツ外傷として代表的であり、ACL損傷の受傷機転としては、ジャンプからの着地が最も多いとされている。着地動作の解析を行った先行研究は数多く存在し、それらの研究によって過度な膝の外反(knee-in)が着地動作における動的下肢マルアライメントとして特に注目されている。一方で、これらの先行研究は運動課題を着地動作のみとしていることが多い。しかし、実際のスポーツ場面では着地動作は方向転換などと組み合わさった複合的な動作の1つの相として行われることが多く、それらの動作における着地動作を分析した研究は少ない。加えて、特に非接触型ACL損傷の多いバスケットボールやサッカー等の競技においては、相手の動きによって自らの動作を決定する必要がある。しかし、複合動作の中での着地を、予測の有無の観点から、運動学的・運動力学的に検討を行った研究は報告されていない。本研究の目的は、着地後に方向転換動作を行う場合に、その動作方向の予測の有無によって起こる、着地動作の変化を明らかにすることである。【方法】 対象は膝靭帯損傷の既往のない健常女性15名(年齢21.5±1.1歳、身長160.5±5.4cm、体重53.6±4.8kg)とした。動作課題は30cmの台上から両脚着地した後、非利き脚(ボールを蹴る脚と反対側)方向にサイドステップを行う動作とした。サイドステップ動作におけるステップ方向は着地地点から斜め30°前方にひいた線上と規定し、『ステップは着地後出来るだけ早く、遠くに出すように』と指示した。課題遂行時は上肢を腹部の前で組むよう指示した。測定条件は、1)あらかじめサイドステップを行うよう指示(予測条件)と2)着地時にサイドステップ動作を指示(非予測条件)の2条件とした。非予測条件ではサイドステップ動作に加え、着地のみを行う動作と着地後非利き脚でクロスステップする動作の計3種類の動作を無作為に行うようにし、動作は着地時にLEDランプを点灯させることにより指示した。非予測条件、予測条件ともにサイドステップを3試行ずつ計測した。計測には三次元動作解析装置 (VICON社製)と床反力計(KISTLER社製)を使用し、着地動作中の利き脚の矢状面、前額面における股・膝・足関節角度および外的関節モーメント、身体重心位置、動作中の床反力の鉛直成分を算出した。解析区間は着地から最大膝屈曲位となる時点とし各関節角度、外的関節モーメント、床反力鉛直成分の解析には最大値、身体重心位置の解析には着地時点及び最大膝屈曲時点での値を用いた。各パラメータの3回の試行における平均値を算出し、予測、非予測の2条件間で比較を行った。統計にはwilcoxonの符号付順位和検定を用い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 測定は被験者に測定の目的について十分に説明をし、同意を得た上で行った。【結果】 非予測条件では予測条件と比較して以下の結果が得られた。外的関節モーメントは膝外反モーメントで有意に増大(p<0.05)し、股関節内転モーメントで有意に減少した(p<0.01)。関節角度は、膝関節屈曲角度(p<0.01)及び股関節屈曲角度(p<0.05)において有意に増加し、足関節背屈角度(p<0.01)において有意に減少した。床反力鉛直成分の最大値は有意に減少した(p<0.05)。身体重心は矢状面において着地時点(p<0.01)及び最大膝屈曲時点(p<0.01)でより後方に位置していた。前額面においては最大膝屈曲時点(p<0.01)でより外方に位置しており、着地時点では有意な差は見られなかった。他の関節角度及び関節モーメントに有意な差は認められなかった。【考察】 非予測条件では、予測条件と比較して膝外反モーメントが大きくなる結果となった。外的関節モーメントに影響を与える因子としては床反力の大きさと、身体重心と関節中心の位置関係が挙げられるが、本研究結果では身体重心位置の変化によって膝外反モーメントが増大したと考えられる。前額面における身体重心位置は着地時点では条件間に差はないが、最大膝屈曲時点では非予測条件で接地地点に対してより外方に位置する結果となった。非予測条件では着地時に指示が出されるために、予測条件と比較して着地後のステップ方向への重心移動が遅延し、重心が利き脚側に位置することで膝外反モーメントが増大したと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 先行研究により、knee-inがACL損傷のリスクを高める動的マルアライメントとして知られているが、より実際のスポーツ場面に則した着地動作についての研究は少ない。本研究結果により着地後に方向転換を行う動作において、その方向が予測されていない場合に着地時のknee-inが誘発されることが示唆された。これはACL損傷の発生機序を解明する一助となると考えられる。