理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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新人理学療法士セッション ポスター
右股関節全置換術施行後、腰痛増強により歩容改善に難渋した一症例
─円背姿勢における脊柱アライメントに着目して─
川端 涼太竹岡 亨稲岡 秀陽
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p. Cf1504

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抄録
【はじめに】 変形性股関節症(以下股OA)に対する右人工股関節全置換術(以下THA)施行は、歩行時の疼痛除去に有効な手段とされる。しかし、股OAにより脊柱や膝関節など、全身のアライメントが崩れ、腰痛や他関節痛が生じることが臨床では多く確認される。今回、股関節と脊柱の変形から腰痛・膝関節痛が出現し、歩行獲得に難渋した症例を経験したのでここに報告する。【症例紹介】 本症例は、右股OA(StageIII)で右THAを施行した80歳女性である。夫と二人暮らしで、入院前のFunctional independent measureは120/126点であり、屋内は壁伝い歩き、屋外はシルバーカーを使用して自立していた。【説明と同意】 カルテからの情報収集は、医療法人同仁会(社団)診療情報管理規定に基づいて行った。また、写真の撮影などの際には、対象者に十分な説明を行い、了承を得た。【経過および理学療法】 手術の2カ月前より右股関節痛が増強し、3週間前には歩行困難となったため当院受診。THAの適応と判断され、当院入院となった。術前は、円背姿勢が強く、シルバーカーや大腿上の上肢支持がなければ立位保持は困難であり、長距離の歩行は困難であった。術後は、1週目より、歩行器による歩行練習を開始し、3週目には、病棟内シルバーカー歩行が自立レベル。4週目には、T字杖歩行練習を開始し、同時に、腰背部への負担軽減を目的に、立位や座位での骨盤前傾、体幹伸展方向への運動を行った。しかし、術後5週目より腰背部痛、右膝関節痛が増悪し、一時歩行困難となった。立位姿勢は、腰椎ではなく胸椎で前彎が生じていたため、骨盤前傾、体幹伸展を促す練習を中止し、無理のない姿勢での、立位、歩行練習を進めた。その結果、術後6週目には、腰痛・右膝関節痛は軽減し、病棟内はシルバーカー歩行が自立、杖歩行練習も再開することができた。最終的には、腰背部痛の再発予防のため、コルセットを装着し、屋内伝い歩き、屋外シルバーカーレベルでの自宅退院となった。【考察】 重度円背のTHA術後患者に対して、杖歩行自立、腰痛の軽減を目的として円背姿勢の矯正を進めた。しかし、胸椎部で伸展活動を行うことで、腰背部・膝関節に負担がかかり、疼痛を一時的に増悪させてしまう結果となった。先行研究では、姿勢保持のため生じる高齢者の代償運動の中で、両手を大腿部に当てて体幹・下肢筋力を補う代償は、脊柱後彎による腰痛増強、頸部への負担増加、大胸筋短縮、胸郭の狭小化など様々な悪影響を及ぼすとされており、体幹の伸展活動は非常に重要であると言われている。しかし、胸腰椎移行部から後彎増強し体幹前傾姿勢となっている場合、腰椎後彎のみの場合と比較して姿勢矯正が難しいという報告もある。つまり、後彎変形に対する伸展運動は、脊椎の可動性が保たれていることが前提であり、本症例のように脊椎の変形が完成しているケースには当てはまらないと考えられる。本症例では、脊柱の可動性が乏しかったにも関わらず、体幹の伸展活動を促したことで脊柱起立筋の過剰収縮が生じ、腰痛が増強したと考えられる。また、体幹の伸展活動により後方重心となったことで、膝関節に過度な伸展モーメントが要求され、大腿四頭筋の遠心性収縮による保持が必要となり、膝関節にも疼痛を引き起こしたと考えられる。疼痛出現後は、過度な伸展活動が生じないよう注意して立位練習を行い、重心線が膝関節の近くを通るような姿勢を取ることで、腰背部や膝関節の疼痛が軽減し、屋内伝い歩き、屋外シルバーカー歩行が自立し、自宅退院が可能になったと考えられる。本症例の場合、脊椎の可動性も乏しく、適応例かどうかの評価もできていないままアプローチを行った結果、腰痛・膝関節痛を増悪させる結果になったと考える。今後は、脊椎のアライメントや可動性を詳細に評価し、対象者それぞれの予後予測を十分に行った上で、アプローチを行う必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】 対象者疾患のアライメントや可動性などを評価するだけでなく、対象者の個別性を重視した上で、理学療法を行う必要に気づかされる機会となった。
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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