抄録
【はじめに】 GaitSolution(GS)は、片麻痺者の歩行改善のために開発された短下肢装具で、立脚初期の足関節背屈筋群の遠心性収縮の補助を機能的特徴とし、立脚初期における重心の上方移動を改善する。今回、腰椎椎間板ヘルニアの症例に対し、GSを使用した結果、姿勢の安定、歩行速度の増大を認めたため報告する。【症例】 42歳女性。診断名は腰椎椎間板ヘルニア(L4/5、L5/S1)。39歳頃より腰椎椎間板ヘルニアを指摘され、保存的に加療。入院2か月前より左殿部と大腿後面の疼痛が出現。入院2週間前より左下腿外側痛、左下垂足、排尿遅延が出現し、当院整形外科受診。精査・治療方針決定のために入院。入院18日目に左Love法による髄核摘出術(L4/5、L5/S1)施行。既往歴は特記事項なし。職業は司会者、外出機会は多い。エレベータ付のマンションに居住。【説明と同意】 症例には発表の趣旨を説明し、同意を得た。【経過】 術前評価時、疼痛は左殿部~大腿外側にあり。左SLRテストは陽性。膝蓋腱反射とアキレス腱反射は左右ともに消失。触覚は左L2領域で8/10、L5領域で3/10。痛覚は左下肢で7/10。関節運動覚・関節位置覚は左足関節で中等度鈍麻。振動覚正常。異常感覚なし。下肢関節可動域に明らかな制限なし。MMTは右下肢全て5。左下肢は、股関節屈曲3、外転3-、内転4-、伸展3+。膝関節屈曲3、伸展3+。足関節背屈1、底屈2。足趾背屈1、底屈2。セルフケア自立。歩行時、左立脚初期では左前足部から接地し左下腿の前方移動を認めず、重心の上方移動が少なかった。左立脚中期から後期にかけては、デュシェンヌ徴侯を認めた。術後1日目より疼痛及び排尿遅延は改善。術後2日目より離床開始。術後3日目より歩行練習開始。術後6日目、左L5領域の触覚は6/10と改善。しかし、他の感覚や下肢MMT、歩容は術前同様であった。10m歩行時間は19.5秒。歩行時の問題点は、術前と同様に、前足部接地により立脚初期の踵を中心とした下腿の前傾が生じず、重心の上方移動が行なえないことであった。立脚初期における踵接地と下腿前傾、重心の上方移動の獲得を目標に、術後8日目より下肢装具の導入を検討。オルトップAFO(オルトップ)では装具なし時と同様の歩容を呈し、10m歩行時間は17.4秒であった。継手つきプラスチックAFO(継手つき)では左立脚初期の踵接地は可能であったが、立脚中期にかけて、下腿が装具によって前方に押され膝関節が屈曲。重心の上方移動は認めなかった。10m歩行時間は16.9秒であった。そこで、立脚初期における踵接地と、踵を中心とした下腿前傾を補助することを目的に、術後14日目よりGSを使用。左立脚初期における踵接地とその後の下腿の前方移動が出現。10m歩行時間は9.9秒まで改善。しかし、左立脚初期における重心の上方移動は右立脚期と比較して少なく、デュシェンヌ徴侯は残存した。股関節周囲筋の筋力強化練習を追加し訓練を継続した。術後23日目には、MMTは股関節屈曲4+、伸展4-、外転4-、内転4、膝関節屈曲4+、伸展4+。足関節、足趾は変化なし。デュシェンヌ歩行は残存したが、10m歩行時間は7.0秒まで改善。術後24日目に自宅退院。【考察】 本症例ではGSを使用することで左立脚初期における重心の上方移動が改善し、姿勢の安定と歩行速度の改善を認めた。本症例に対しオルトップ、継手つきを使用したところ、立脚初期における下腿の前傾が生じず、重心の上方移動が行えないという問題が残った。先行研究では、オルトップは底屈制動が不十分であり、踵接地から足底接地にかけてAFOが一つの剛体として転がるために足関節での衝撃吸収ができない(溝部ら、2002)こと、継手付き使用時には、つま先接地時に床反力ベクトルが膝の後方を通るため、膝が不安定になり極端な場合には膝折れが起きる(山本、2003)ことが報告されている。本症例においても同様の現象が生じたと考えられた。片麻痺者のGS装着下での歩行では、立脚初期において足関節背屈筋群の遠心性収縮が補助され適度な下腿の前傾が生じ、同時に膝関節伸展筋群と股関節伸展筋群が収縮し、重心の上方移動が改善すること、歩行速度が改善することが報告されている(山本ら、2009)。本症例においても同様の機序で姿勢の安定と歩行速度の改善を認めたと考えられる。【理学療法研究としての意義】 本症例の歩行の変化から、GSは中枢神経障害に限らず、脊髄レベルにおける神経障害に対しても適用可能であることが示唆された。