抄録
【目的】 体幹を前傾させ上肢を支持した姿勢は、姿勢を保持するための筋活動が変化するだけでなく、呼吸機能も変化する。これまでも、体幹を前傾させた姿勢や上肢を支持させた姿勢では肺気量位や呼吸筋活動が変化するために、このような姿勢において呼吸器疾患患者の息切れが変化することが報告されている。この姿勢変化に伴う肺気量位や呼吸筋活動の変化は、肺や呼吸筋が位置するchest wallそのものの形状や体積に影響を与えているために生じる変化と考えられるが、体幹前傾位で上肢を支持させた姿勢におけるchest wall形状や体積を詳細に検討した報告は少ない。本研究の目的は、体幹前傾姿位で上肢を支持させた姿勢がchest wallの形状や体積にどのような影響を与えるか検討することである。【方法】 対象は健常男性9名(年齢26.3±2.2歳)。各対象者には、先行研究に準じてchest wall全面に86個の反射マーカーを取り付け、3次元動作解析システム(Motion Analysis社製 Mac 3D System)を用いて反射マーカーの座標を経時的に測定することで行った。測定は立位、前傾位、支持位の3条件で行った。支持位は固定式歩行器を把持させることで行い、両膝伸展位で体幹を前傾させ、両肘伸展位で歩行器を把持させた際に最も安楽な状態となるように歩行器の高さ及び体幹前傾角度を設定した。また、前傾位は支持位から上肢支持をなくした姿勢とし、体幹前傾角度は変わらないように保持させた。各姿勢において1分間の安静呼吸の測定を行い、経時的な座標データから終末呼気位におけるchest wall体積を算出し、chest wall体積を上部胸郭体積、下部胸郭体積、腹部体積に分けた値も算出した。さらに、第2肋骨の高さのマーカーから上部胸郭の前後径、剣状突起の高さのマーカーから下部胸郭の前後径・横径を、臍部の高さのマーカーから腹部の前後径・横径を、胸骨切痕から臍下部のマーカーからchest wallの頭尾長を算出した。各姿勢の安定した6呼吸の終末呼気位の平均値を解析対象とし、立位、前傾位、支持位の3条件で比較した。【説明と同意】 測定に際し、対象者に測定内容について説明し、書面にて同意の得られたものを対象とした。【結果】 chest wall体積は立位(22.36±2.11L)、前傾位(22.59±2.14L)、支持位(23.06±2.15L)の順に有意(p<0.05)に増加し、下部胸郭についても同様に立位(3.37±0.28L)、前傾位(3.54±0.35L)、支持位(3.68±0.39L)の順に有意(p<0.01)に増加した。また、上部胸郭は立位(12.95±1.32L)と前傾位(12.92±1.31L)では有意な差はなかったが、立位、前傾位と比べて支持位(13.12±1.31L)では有意(p<0.05)に増加し、腹部でも同様に立位(6.03±0.89L)、前傾位(6.13±0.95L)と比べて支持位(6.27±0.98L)では有意(p<0.05)に増加した。上部胸郭の前後径は立位(198±8mm)と比較して前傾位(204±6mm)、支持位(204±8mm)では有意(p<0.05)に増加したが、立位と支持位では有意な差はなかった。下部胸郭の前後径についても、立位(216±20mm)と比較して前傾位(224±20mm)、支持位(227±19mm)では有意(p<0.05)に増加し、腹部の前後径についても同様に、立位(208±18mm)と比較して前傾位(225±17mm)、支持位(225±19mm)では有意(p<0.01)に増加したが、下部胸郭、腹部ともに前傾位と支持位では前後径に有意な差はなかった。また、下部胸郭の横径は3条件で有意な違いはなかったが、腹部の横径は、立位(305±16mm)、前傾位(300±16mm)、支持位(298±15mm)の順に有意(p<0.05)に減少した。chest wallの頭尾長は、立位(410±27mm)と比べて前傾位(362±42mm)、支持位(375±36mm)は有意(p<0.05)に減少したが、前傾位と比較して支持位は有意(p<0.05)に増加した。【考察】 立位と比べ前傾位や支持位でchest wall各部位の前後径が増加し、chest wall体積が増加したことは、体幹を前傾させることでchest wallに対する重力の作用方向が変化したためと考えられた。一方、体幹前傾位で上肢を支持させると、前傾位と比較してさらにchest wall体積は増加したが、その際のchest wall各部位の前後径、横径は増加しなかった。しかし、前傾位と比べて支持位でchest wallの頭尾長は増加したことからも、上肢を支持させることでchest wallに対する上肢の重量が他動的に支えられ、頭尾方向へ拡張したためと考えられた。【理学療法学研究としての意義】 呼吸器疾患患者は体幹前傾姿勢や上肢支持位において息切れが変化するが、これらの姿勢におけるchest wallの形状や体積の変化がその要因の一つである可能性が示唆された。