抄録
【はじめに】 心臓リハビリテーションにおける運動療法の効果は早くから認められており、リハビリテーション分野においても心大血管リハビリテーションは運動器疾患・脳血管疾患・呼吸器疾患とともに診療報酬体系における4つの疾患別リハビリテーション料の算定基準の中に含まれている。その最終的な目標は患者のQOLの改善と、心疾患イベントの抑制、生命予後の改善、さらには医療費の削減におかれている。心臓リハビリテーションは主に心血管疾患を対象に行われていたが、近年、慢性の心不全患者においてもその効果が証明されつつあり、運動療法の対象なっている。しかしながら、現在、慢性心不全に対する心臓リハビリテーションを行っている医療機関は少ない。このような背景の中で、当院では平成23年5月から循環器内科において栄養指導、服薬指導、運動指導などのプログラムから成る慢性心不全の教育入院を実施することとなり、理学療法士が運動機能、QOL等を評価し、運動指導を行っている。今回、この教育入院における運動指導・体験をきっかけとし、著明な運動機能・QOLの改善を示した1症例を経験したので報告する。【方法】 [症例紹介] 82歳 男性。[診断名] 慢性心不全。[既往歴] 陳旧性心筋梗塞(1991年)経皮的冠動脈形成術(2002年・2003年)腹部大動脈瘤ステント内挿術(2004年)心房細動。[検査値] 左室区出率56%、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)155pg/ml、心胸郭比(CTR)57%。[入院目的] 慢性心不全教育入院(3泊4日)。[理学療法評価] QOL評価は日本理学療法士協会が提供するE-SAS(Elderly Status Assessment Set)を使用した。運動機能はハンドヘルドダイナモメーター(HHD)を用いて大腿四頭筋筋力を、運動耐容能は6分間歩行距離にて評価した。E-SASでは「ころばない自信」が17点、「歩くチカラ」が16.4秒、「休まず歩ける距離」が6点、「人とのつながり」が6点とQOLが大きく低下した状態であった。また、大腿四頭筋筋力は右10.8kg・左10.2kg。6分間歩行距離は180mと運動機能も大きく標準値を下回っており機能低下していた。本症例は活動的であり運動に対する意欲は高く、介護保険を使用してデイサービスを利用するなど、極力外出や運動をおこなうように努めていた。その一方で心疾患の管理ができないとして、デイサービス中の運動プログラムには参加していなかった。そのため、十分な運動の機会が確保できずに、QOLや運動機能の低下をきたしていたものと考えられた。そこで心不全教育入院として適切な運動強度を示し、運動習慣をつけることにより、QOL・運動機能を向上させることを目的として理学療法介入した。運動強度の設定はカルボーネン法を用いて係数を0.4とし、目標心拍数を設定した。運動体験はニューステップ(Nu Step社製)を用いて20分間行った。退院時には運動の強度や継続の必要性などを退院指導書にして指導するとともに担当の介護支援専門員へも退院指導書を提示することで情報を共有し、運動継続を促した。【倫理的配慮、説明と同意】 本症例には評価・測定の意義について説明し、同意を得た。【結果】 入院中の各指標を退院2か月後に再評価して比較した。E-SASでは「ころばない自信」が17点から40点に、「歩くチカラ」が16.4秒から8.5秒に、「休まず歩ける距離」が6点から18点に、「人とのつながり」が6点から18点に大きく改善した。また、大腿四頭筋筋力は右10.8kg・左10.2kgから右18.4kg・左15.3kg、6分間歩行距離は180mから329mへと大きく改善した。【考察】 本症例は運動に対する意欲が高いにも関わらず、適切な運動方法が示されないまま在宅での生活を送っていた。そのため運動強度や運動方法がわからないまま、運動は禁忌と思い込み、自宅やデイサービスでの運動を行っていなかった。今回の教育入院で適切な運動強度を設定し、実際に体験することがきっかけとなり、行動変容がおこり自宅で運動を継続できるようになった。また、介護支援専門員を通して情報が伝達されたことによりやデイサービスでの運動も行うようになったと考える。その結果としてQOL、運動機能が大きく改善したものと思われる。【理学療法学研究としての意義】 慢性心不全の患者数は今後も増加してくるものと思われる。しかしながら慢性心不全に対する心臓リハビリテーションは心筋梗塞後のそれと比べて、まだ一般に広く普及していない。今回の教育入院の取り組みにより、短期間の介入ではあったが慢性心不全患者のQOLや運動機能が改善する可能性を示すことができたと考える。