抄録
【はじめに、目的】 日本の高齢化率は,2050年に40%に達すると言われている.こうした超高齢社会の中で,介護予防事業が全国的に行われている.介護予防の一層の推進がすすめられており,特に骨・関節の疼痛への対策が重要視されている.地域在住高齢者における疼痛が心身機能に悪影響を与えることが報告されている.疼痛が社会活動の低下と関連していることや IADLを低下させるリスクとなることが報告されている.しかし,疼痛がどのような経過をとるかについて着目し,疼痛の変化と生活機能との関連を検討した研究は少ない.地域在住高齢者の疼痛を5年間追跡した先行研究によれば,5年後まで疼痛を訴えている者は63.6%,5年後に新たに疼痛を訴える者は40.0%と報告されており,疼痛は継続するだけでなく継時的に変化していると言える.そこで,本研究では地域在住高齢者の疼痛の有無の変化が生活機能および社会参加の変化に及ぼす影響を縦断調査により明らかにすることを目的とする.【方法】 対象者:群馬県T村の75歳以上高齢者で健康診査の結果報告会に参加し,アンケート調査に回答した381名のうち,追跡可能であった326名(追跡率:85.6%)を対象とした.調査方法:初回・追跡調査ともに面接調査および郵送自記式調査にて実施.調査項目:基本属性,疼痛の有無,生活機能(IADL,知的能動性,社会的役割),社会活動(個人的活動,社会的活動,学習的活動) 分析方法:疼痛の変化を捉えるために,初回調査時と追跡調査時の疼痛の有無を比較しその違いにより4群(「あり→あり:疼痛継続」,「あり→なし:疼痛消失」,「なし→あり:疼痛出現」,「なし→なし:疼痛なし」)に分類し,それぞれにおいて初回調査時と追跡調査時の生活機能,社会参加の平均点の差をt検定により分析する.【倫理的配慮、説明と同意】 情報は個人が特定されないよう,個人氏名を匿名化して取り扱った.また,調査に際し,口頭にて十分説明を行い,同意を得た.なお,本研究は,桜美林大学の倫理委員会に承認を得ている.【結果】 初回調査において,疼痛を訴えた者は165名(50.6%)であり,そのうち,1年間継続して疼痛を訴えていた者は128名(77.6%)であった.1年後に疼痛が出現した者は161名中61名(37.9%)であった.疼痛の変化により群分けすると,「疼痛継続:128名」「疼痛消失:37名」「疼痛出現:61名」「疼痛なし:100名」となった. 対応のあるt検定の結果,「疼痛継続」群においては,社会活動(個人的活動)(6.06±2.0⇒5.57±2.1,p<0.01),社会活動(社会的活動)(2.43±1.8⇒2.06±1.7,p<0.05)で有意な低下が見られた.「疼痛消失」群では,生活機能,社会活動ともに有意な変化は見られなかった.「疼痛出現」群では,社会活動(個人的活動)(6.14±2.3⇒5.50±2.7,p<0.05)で有意な低下が見られた.「疼痛なし」群では,生活機能,社会活動ともに有意な変化は見られなかった.【考察】 地域在住高齢者の1年間の疼痛の変化であるが,「疼痛継続」群,「疼痛出現」群ともに先行研究よりも少数ではあったものの,疼痛の変化が見られていた.また,「疼痛継続」群,「疼痛出現」群において,社会活動(個人的活動)に低下が見られた.一方,「疼痛消失」群,「疼痛なし」群はどの項目においても有意な変化が見られず,機能を維持できていたことが言える.このことから,疼痛の継続や疼痛の出現は社会活動(個人的活動)を低下させる要因となっていることが考えられる.社会活動は,生活機能の中でも高次な機能であり,ADLやIADLよりも先に障害が起きると言われている.今後,それよりも低次なIADLやADLが疼痛の継続や疼痛の出現によって,障害される可能性があり,より長期間の縦断調査が必要となってくる.高齢者の疼痛は,一般的なものであると捉えられ,対策が取られてこなかった.本研究の結果より,疼痛の解消や疼痛の発生予防が社会活動の低下を抑制する可能性が示唆された.今後,地域在住高齢者を対象とした疼痛の解消や予防を目的とした介入を行い,その効果を検証していくべきであると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 地域在住高齢者の疼痛への介入効果の可能性を示すことで,地域在住高齢者を対象とした地域リハビリテーションの新たな形が提案された.この新たな地域リハビリテーションを行う上で,専門的な知識を持つ理学療法士は重要な役割を果たすと考えられる.