抄録
【はじめに、目的】 Functional Reach(FR)は,Duncanら(1990)によって開発されたバランス能力の評価法であるが,これまでに高齢者のバランス能力の評価として広く用いられている.一方で,FRをバランス能力の評価として用いる際に,評価結果を解釈するための参照値がないため,結果の解釈が曖昧になることが懸念される.本研究では,地域在住自立高齢者におけるFRの参照値を,メタ分析の手法を用いて算出することを目的とした.【方法】 研究論文の電子データベースとして,MEDLINE,EMBASE,CINAHLおよび医学中央雑誌を用いて, FRを用いて高齢者のバランス能力評価を施行している研究論文を検索した.検索は,1990年から2011年8月までとし,Functional Reachまたはファンクショナルリーチ,elderlyまたは高齢者をキーワードとして組み合わせて検索した.メタ分析に採用する論文は後述の採用条件に基づき2名の研究者の合議によって決定した.論文の採用条件は,(1)英語または日本語で記述されている,(2)日本の地域在住自立高齢者を対象としている,(3)対象者の年齢が60歳以上である,(4)虚弱高齢者または特定の疾患を有する高齢者を対象としていない,(5)論文中に対象数およびFRの平均値と標準偏差が記述されている,(6)FRの測定方法に関する記述がなされている研究論文とした.なお,論文の採用条件は,メタ分析によるデータの統合を行ううえで,研究間におけるデータの変動が最小限になるよう設定した.特に,人種差や日常生活の自立度は,FRなどの運動能力に大きな影響を及ぼすことが推定されるため,日本の地域在住自立高齢者を対象とした研究を採用した.FRの参照値の算出は,Kamideら(2011)の報告と同様の方法で算出した.すなわち,母数モデル(Fixed-effects model)により重み付き平均値を算出後,均質性(Homogeneity)が認められなかった場合は,変量モデル(Random-effects model)により重み付き平均値を算出した.さらに,均質性が認められなかった場合は,FRの参照値に影響を与えている因子について,重み付き最小二乗回帰分析を用いて検討した.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヒトを対象とした研究ではないため,説明と同意については該当しない.【結果】 データベースから検索された412の研究論文から,採用条件に該当しない研究論文を除外し,最終的に19の研究論文を分析に採用した.対象者の総数は4274名(男性1008名,女性2235名,不明1031名)で,各研究における対象群の平均年齢は69.0歳から81.4歳であった.FRの測定は,上肢を挙上し足部を固定した状態で前方へリーチし,移動距離をメジャーやヤードスティックなどの測定器で計測していた.測定方法の違いとしては,両側の上肢を挙上した測定方法と片側の上肢を挙上した測定方法の2種類が報告されていた.母数モデルによるFRの重み付き平均値には均質性が認められなかったため(Q=3117.8,P<0.001),変量モデルで再計算した結果,FRの参照値は29.44cm(95%C.I.:27.60-31.27cm)であった.データの均質性が認められなかったため,重み付き最小二乗回帰分析を用いて,年齢,性別,身長,測定方法の違い(上肢片側挙上測定または両側挙上測定)とFRとの関連性を検討した.結果,すべての因子が独立してFRと有意な関連性を示した(R2=0.29,χ2=76.6,P<0.001).すなわち,年齢,性別,身長,測定方法の違いにより,FRの参照値は統計的有意に変動することが示された.【考察】 日本の地域在住自立高齢者におけるFRの参照値をメタ分析の手法により算出した結果,29.44cmであることが示された.ただし,年齢,性別,身長,測定方法により測定値が変動することも示された.すなわち,FRは対象者の性別や身長などの属性によっても変動するため,バランス能力(重心移動距離)以外の要素も測定値に含まれている可能性があると考えられた.従って,高齢者のバランス能力評価としてFRを適用する際には,他のバランス能力の評価指標と組み合わせて評価することが望ましい.【理学療法学研究としての意義】 FRは,高齢者のバランス能力評価として広く用いられている指標である.本研究で示したFRの参照値および参照値に影響する因子は,高齢者におけるFRの結果の解釈をするうえで,臨床的に有益な情報になると考える.