抄録
【はじめに、目的】 高齢者の転倒要因には段差等の環境による外的要因と身体機能低下による内的要因があり,中でも近年では転倒恐怖感が注目されている。転倒恐怖感を有すると,活動頻度の減少により身体機能や日常生活能力が低下し,さらには社会活動や生活の質(以下QOL)の低下につながるとされている。わが国においては1997年より転倒予防を目的とした運動介入が各地域で実施されるようになり,身体機能の向上に有用であるとの報告が多くされている。しかし,転倒予防のための筋力トレーニング(以下筋トレ)を中心とした運動介入をより効果的にするためには,転倒恐怖感に配慮することが必要であると考えるが,いまだ具体的な介入方法は確立されていない。以上から,転倒恐怖感に配慮した具体的な介入方法を検討していく前段階として,今回,地域在宅高齢者の転倒恐怖感のよる有無が身体機能とQOLにどのように影響を及ぼしているかについて検討した。【方法】 地域在宅高齢者77名を対象に,Modified Falls Efficacy Scale(以下MFES)を使用し,転倒恐怖感の程度を測定した。近藤らによる報告を参考に140点満点の「転倒恐怖感なし」をA群(56名,男性:女性=12:44,平均年齢74.02±4.11歳),139点以下の「転倒恐怖感あり」をB群(21名,男性:女性=11:10,平均年齢74.00±4.20歳)に分類した。対象者に身体機能評価として握力(kg),膝伸展筋力(kg),開眼片脚立位(sec),Functional Reach(cm)(以下FR),Timed Up & Go Test(sec)(以下TUG),5m歩行所要時間(sec)の6項目を評価した。また SF-8を用いた健康関連QOLの評価を実施し,8つの下位尺度から身体的健康をあらわすスコア(以下PCS)と精神的健康をあらわすスコア(以下MCS)を求めた。両群間の比較を行うため6項目の身体機能評価とSF-8の8つの下位尺度とPCSならびにMCS の比較にMann-WhitneyのU検定を使用して分析した。なお,有意水準はそれぞれ5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は新潟リハビリテーション大学倫理委員会(承認番号36)の承認を得て実施した。対象者には本研究の内容等について口頭と文書を用いて十分に説明し,同意書に本人のサインを得た後実施した。【結果】 6項目の身体機能評価のうちTUGにおいてB群と比較してA群が有意に高かった(p<0.01)が,その他の身体機能5項目は有意な差がみられなかった。SF-8は, 8つの下位尺度のうち全体的健康感を除く7つの下位尺度とPCSならびにMCSがB群と比較してA群が有意に高かった(p<0.05~0.01)【考察】 今回の結果より転倒恐怖感を有する者は有さない者と比較すると身体機能面のTUGとQOLが低下していることが示唆された。TUGはダイナミックなバランスを必要とする一連の移動能力を把握する評価であり,この遅延により歩行や階段昇降などに支障をきたすとされている。これらより,この一連の移動能力が低下することにより転倒恐怖感を生じやすくしたのではないかと考える。またSF-8の結果から,転倒恐怖感を有することで身体機能や日常役割機能,社会生活機能面が妨げられ,心の健康や日常での活力を低下させたのではないかと考える。転倒恐怖感を軽減させるためには筋トレなどの身体機能の向上や環境整備など多方面からのアプローチが必要とされており,さらにはSelf-Efficacy(対象者自信が様々な状況下において適切な行動を遂行できるための予測と確信)を向上させる配慮が必要であるとされている。よって,転倒予防を目的とした運動介入を実施する際には,Self-Efficacyに配慮することで転倒恐怖感を軽減させ,その結果QOLの向上につなげることが必要であると考えられた。今後,理学療法士が地域在宅高齢者に対して転倒予防を目的とした身体機能の向上をより効果的に図るためには,Self-Efficacyの向上による転倒恐怖感の軽減に配慮した運動介入の具体的な方法の確立が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】 転倒予防を目的とした運動介入は,理学療法士等が中心となって各地域で実施されている。その多くは筋トレを中心とした介入であるが,今後は転倒恐怖感にも配慮した介入が必要であると考える。その前段階として,本研究により転倒恐怖感の有無が身体機能やQOLに影響を及ぼしていることが示唆されたことは,今後の転倒予防に対する介入方法を具体化し,より効果的に進めていくためにも有意義な研究であると考える。