抄録
【はじめに、目的】 平成12年4月の介護保険施行以降、要介護者は増加傾向にあり、その原因の20%以上を運動器疾患が占めている。運動器機能向上プログラムは健康増進、介護予防を目的として一般高齢者、特定高齢者、介護保険認定者を対象に、市町村や各圏域のリハビリテーション広域支援センター(広域支援センター)、介護事業所などで行われている。プログラムは対象者の能力にあわせ個別的に提供されることが望ましいが、我々が平成21年度行った熊本県における運動機能向上プログラムの状況調査のためのアンケートでは、市町村や各圏域で運動器機能評価項目にばらつきがあり、集団体操での実施が多く対象者の運動機能の把握や機能に応じた処方であるかどうかの検証はされていなかった。また、評価方法に若干のばらつきと県として基準となる指標がないため、比較が困難といった問題点があった。今回我々は、熊本県と広域支援センターの協力を得て評価項目・方法を統一標準化し、プログラム参加者の運動器機能データを収集したので、その概要を示し報告する。【方法】 データの信頼性を高めるためにプログラムを実施している市町村、広域支援センター、事業所を対象に評価方法統一の研修会を行い、記された方法に基づき、評価が行われた。運動器機能評価の項目は握力、開眼片脚立位時間(片脚立位)、5m歩行時間通常・最大(歩行時間通常・最大)、Timed up and go test(TUG)、30秒椅子立ち上がりテスト(CS-30)とした。データは個別シート及び事業別データシートに入力された。その他施策(事業)別(一般高齢者施策事業;一般、特定高齢者事業;特定、新予防給付事業;新予防)、男女別、事業所名などもデータ化した。特定及び新予防については、厚生労働省運動器の機能向上マニュアル検討委員会による平均値(平成21年3月)との比較を行った。一般に関しては、全国データがないため、県内の圏域間内で比較した。【倫理的配慮、説明と同意】 各施策事業の一環で評価を実施しており、熊本県及び熊本県地域リハビリテーション支援センターの同意、承認を得てデータの収集及び調査を実施した。【結果】 県下9圏域の地域包括支援センターと熊本市及び27市町村からデータを得た。データクリーニングをした一般1,140名,特定305名,新予防910名の計2,355名について分析した。対象者の年齢は50~101歳(全体平均78.6±7.4、男性77.3±7.63、女性78.9±7.31)であった。1)マニュアルとの比較では、特定の片脚立位は男性131%、女性146%で新予防の片脚立位は男性207%女性171%と平均値以上であった。しかし、新予防においては片脚立位で546%と17%と圏域間格差があった。その他の項目はほぼ全国平均と同程度であった。2)県内比較では一般を圏域間でみると握力は、全圏域間で一般全平均の21.51kgとほぼ同程度、もしくはそれ以上であった。歩行時間は、全圏域間で一般全平均4.42秒(通常)、4.19秒(最大)と同程度であった。片脚立位とTUGは、運動器不安定症の診断基準であるため該当する割合をみた。男性49.42%、女性62.18%であった。さらに、比較参考のために特定と新予防の割合も算出すると男性76.36%、女性71.77%、新予防男性85.98%、女性91.05%の割合を占めていた。CS-30を年齢別評価表に当てはめると、一般でも11.9回と低く、やや劣っているに分類された。【考察】 特定、新予防とも片脚立位でマニュアルより上回っていたが、圏域差があるため分析においては、圏域の地域特性や個人の生活環境背景、日常の活動力の程度を勘案する必要がある。熊本県の一般は、運動器不安定症に該当する割合は、一般で約半数、特定で約75%を占めており、施策別のプログラムを把握し転倒歴や合併症などの実態調査を進め、評価された運動器機能を高めるプログラムの提供が好ましいと思われる。CS-30の低値は持久力低下を来たすことが予測される。これまでのプログラムの内容やそれに基づく効果や、生活環境要因の分析が重要と思われた。また、今後はデータシート改訂、フィードバック用ソフト開発、評価の信頼性向上のための研修会実施を進め、熊本県の基礎となるデータの作成に役立てたい。【理学療法学研究としての意義】 現在進行中もしくはこれから運動器機能向上プログラムに参加する対象者のデータベース作りやプログラム効果判定などに生かす。また、施策事業の有用性を証明、参加者の実態を調査することで熊本県の基礎データに役立てる。