抄録
【目的】 身体障害者療護園は身体障害者が機能訓練ならびに生活指導を受けながら,主体的な生活を送ることを支援する目的で設置されている。入所者の健康に関しては,看護師,嘱託医による投薬,処置及び健康相談がきめ細やかに行われている。しかし,入所者の多くは十数年にわたり施設で生活を送るため,年齢を重ねながら生活機能を維持することが徐々に難しくなる。我々は第43回の本学術大会で入所者の体重増加と健康観の経年変化を報告したが,入所者の入所期間が長くなると身体活動量の減少と体重増加がみられ,習慣的な運動の動機づけの必要性が明らかとなった。その後,我々は職員の協力を得ながら,毎日の健康体操や定期的なレクリェーションを入所者に実施し6年間が経過した。今回,入所者の6年間にわたりADL,健康関連QOL及び抑うつ気分の縦断的調査の分析から,介入の効果について検討した。【方法】 対象は青森県むつ市内のT身体障害者療護園の入所者のうち,2006~2011年までの6年間にわたり継続調査が可能であった16名(男性6名,女性10名)。調査開始時の対象者の年齢層は30歳代3名,40歳代3名,50歳代7名及び60歳代3名であり,平均年齢51.9±9.4歳であった。調査項目はADL評価尺度にBarthel Index(BI),健康関連QOL評価尺度にSF-8(日本語版,振り返り1か月)及び抑うつ評価尺度にSDS(自己評価式抑うつ尺度)であり,全対象者に面接して聴取した。SF-8は2つのサマリースコアからPCS(身体的健康を表す)とMCS(精神的健康を表す)を算出した。SDSは総点から40点未満を非抑うつ,40点台を軽度の抑うつ及び50点以上を中等度の抑うつと判定した。統計処理はSPSS VER.16.0Jを使用し,前二者については二元配置分散分析を,後者の分布の偏りについてカイ二乗検定を行った。【説明と同意】 対象者は研究者が本研究の趣旨を説明し了承した者であった。対象者の基本属性や調査結果などの情報は厳重な管理を行い,閲覧者を制限して遺漏ないように努めた。【結果と考察】 BI得点について正門ら(1989)は基本動作の自立を65点以上としていることから,本調査でも調査開始時のBI得点から65点未満群(9名)と65点以上群(7名)の2群に分けた。この2群のPCSと MCSの経年変化を検討したところ,PCSでは交互作用はみられず群別では主効果(F[1,9]=6.43,p<0.01)を認めた。また,MCSについては交互作用を認め,群別(F[1,9]=5.64,p<0.01),年度別(F[4,9]=4.21,p<0.05)で主効果を認めた。一方,SDS得点から経年別に抑うつの分布の偏りをみた結果,65点以上群では偏りがみられ(X2=11.53,df=8,p<0.05),中等度の抑うつが調査4年目以降増加していた。また,65点未満群では偏りがみられなかった(X2=5.42,df=8,p<0.10)。このことについて,調査開始時65点以上群では基本動作の自立が可能であったものが,6年間の施設生活を経るうちに,個々の身体障害に加え合併症や加齢現象が重なり,職員の生活支援を通して身体諸機能低下の自覚及び自信の喪失を生じさせたと思われる。また,65点未満群は全て車椅子使用者であり日常生活では以前より職員の介助を受けているため,生活機能の衰えを自覚しにくいか介助時の職員との交流が孤独感を抱かせにくいことが推測される。我々の今回の全入所者に対する健康意識や運動習慣の獲得を目指した介入は入所者の生活機能を維持させる上で価値があると思われるが, 長期の施設生活で陥りやすい入所者の抑うつ気分を改善する効果は期待できにくいことが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 本研究の結果,入所者の生活支援には健康意識や運動習慣の獲得を目指した介入と彼らの孤独感を癒し自信を高めさせる段階的なアプローチを並行する必要があることが確認された。