抄録
【はじめに、目的】 腰痛を訴える高齢患者の割合は,高齢者人口の増加に伴い年々増加している。厚生省の統計によると,有訴者率は65歳以上の男性では13.8%,女性では19.2%と報告され,高齢者の腰痛はその大半が加齢に伴う退行性変化に起因し,特に女性で顕著である。この女性の高齢者および腰痛患者への住宅デザインに関する研究では,動作の困難さの調査や,動作中の腰部への負担量の解析が行われている。そのなかで,食事作りの環境に関する調査では「棚の高さが合わない」という報告や,高い所への収納動作は,腰部関節モーメントや腰痛の程度を増大させることを明らかにしている。さらに,腰部関節モーメントが大きい動作では,腰痛の増大が起きていることを示唆している。腰部関節モーメントとは,第4,5腰椎間の関節前後屈モーメントであり,腰部関節モーメントの増大は腰部前彎角の増加を示す。すなわち,高い所への収納動作は高齢者の負担感や腰椎前彎角に影響を及ぼし,結果的に腰痛を招く恐れがあることが示唆される。よって,高い所への収納動作時の腰痛の増大を理解する上でも,荷物挙上動作に共同して作用する腰椎の運動変化を明らかにすることは臨床上有益である。先行研究では,健常成人女性を対象に荷物挙上時の腰椎アライメントの変化について検討している。しかしながら,加齢により脊椎の変形が生じると,荷物挙上動作の際の腰椎前彎角の変化が健常成人とは異なると考えられるが,高齢者を対象とした荷物挙上動作時の腰椎アライメントの変化に関する報告は見当たらない。そこで本研究は,女性高齢者の生活動作指導の指針として,女性高齢者が荷物挙上動作を行う際の腰椎前彎角の変化について比較検討した。【方法】 地域在住高齢者のうち,重度の認知症がない65歳以上の女性高齢者32名(年齢75.9±6.0歳,体重48.9±7.6kg)を対象とした。測定は,安静立位姿勢にて両上肢で重量2kgかつ横幅が肩幅程度の箱を把持し,上肢を0°,60°,90°,120°挙上した姿勢の腰椎前彎角を測定した。腰椎前彎角は,インデックス社製のスパイナルマウスを用いて測定した。測定方法は,被験者の第7頸椎から第3仙椎までをセンサー部を移動させて測定した。今回分析に使用したのは,第1腰椎から第5腰椎までの上下椎体間がなす角度の総和である腰椎前彎角であり,3回の測定から得られた平均値を採用した。統計処理は,反復測定分散分析ならびにScheffeの多重比較検定を行った。なお,解析にはStatView5.0を用い,有意水準を5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には研究の趣旨と内容,得られたデータは研究の目的以外には使用しないこと,および個人情報の漏洩に注意することについて説明し,理解を得た上で協力を求めた。【結果】 腰椎前彎角は上肢挙上角0°では17.3±2.5°,上肢挙上角60°では18.4±2.4°,上肢挙上角90°では19.6±2.5°,上肢挙上角120°では20.9±2.3°であった。腰椎前彎角は,有意な群間差(F=8.06,p<0.01)が認められ,多重比較検定において,上肢挙上角0°に比べ上肢挙上角90°(p<0.05)および上肢挙上角120°(p<0.01)で有意に高値を示した。また,上肢挙上角120°は上肢挙上角60°と比べ有意(p<0.01)に高値を示した。【考察】 今回対象とした女性高齢者では,荷物挙上動作の際,上肢挙上角90°以上で腰椎前彎角が有意に増加することが明らかとなった。従来の報告によると,健常成人女性の荷物挙上動作を行う際の腰椎前彎角の変化について検討したところ,上肢挙上角90°以上で腰椎前彎角が有意に増加すると報告している。本研究結果における高齢者の腰椎前彎角は,先行研究の報告と同様に上肢挙上角90°以上で有意な増加を示した。すなわち,荷物挙上動作と腰椎前彎角との関係は,高齢者においても健常成人と同様に,荷物挙上動作時に腰部関節モーメントに変化を生じ,モーメントアームが最大となる上肢挙上角90°位で腰椎前彎角の増加が生じたことが示唆された。以上の結果より,女性高齢者が立位姿勢で荷物挙上動作を行う際は,上肢挙上角を90°未満とすることで腰椎前彎角の維持が図れることが推察された。【理学療法学研究としての意義】 腰痛を有する人は,高齢化とともに増加するといわれており,そのため加齢に伴う脊椎変化に応じた日常生活指導が必要である。今回の結果は,先行研究では明らかにされていない高齢者の腰椎前彎角を維持するための荷物挙上動作の指標を特定している。このことは,理学療法の対象となることの多い高齢の腰痛患者の効果的なセルフケアの指標を示した点で臨床的意義が高い。