抄録
【目的】 2008年4月からメタボリックシンドロームの予防・改善のために,40~74歳までを対象とした特定健診・特定保健指導が始まった.厚生労働省都道府県別死因分析(2003年)による標準化死亡比をみると,栃木県は脳血管疾患において男性は全国3位,女性は4位と非常に高く,心疾患・糖尿病でも全国平均より高くなっている.これらの疾患は,若年層からの予防が必要になってくる.このことから,特定健診・特定保健指導により生活習慣を改善できるよう働きかけていく必要がある.当院では,2008年から特定健診・特定保健指導を開始し,2010年度から理学療法士が保健師と指導をサポートするという立場で運動指導を行っている.運動指導内容は,主に「健康づくりのための運動指針2006」と「特定保健指導における運動指導マニュアル」を参考に,資料を作成し指導した.2010年度の運動指導介入において,初回から6ヵ月後の身体機能評価をする機会を得た.初回評価時と比べ,変化がみられたのか検討した.【方法】 対象者は,2010年度当院特定保健指導受診者の中で6ヵ月を終了した8名(男性6名,女性2名,平均年齢50.8±5.1歳.積極的支援,動機づけ支援含む)とした.評価項目として,身体組成については体重・腹囲・BMI,身体機能測定は「健康づくりのための運動指針2006」に従い、握力・椅子からの立ち上がり時間・3分間歩行距離とした.これらの項目においてウィルコクソン符号付順位和検定を行った.有意水準は5%未満とした.また,運動を継続できているかについては口頭にて確認した.【説明と同意】 対象者には研究の主旨について説明し,同意を得た.【結果】 計測結果について,握力は初回(40.4±12.8)に比べ,6ヵ月後(43.2±13.0)は有意に高値を示した(p<0.05).体重・腹囲・BMI・椅子からの立ち上がり時間・3分間歩行距離においては,有意な差は認められなかった.運動継続については,「通勤を自動車から自転車にした.」や「ウォーキングを取り入れた.」,「プールに通っている.」等の言葉が聞かれたが,「しかし,(東日本大)震災以降はできていない.」と言う方が半数以上を占めた.【考察】 生活習慣病を予防・改善させるには,最大酸素摂取量を高くすることが示されている.つまり持久力の向上が望ましいとされている.筋力においては,生活習慣病予防との関連性は乏しいと言われているが,高度肥満(BMI≧30)や,膝や股関節,腰部に疼痛を抱える対象者への筋力増強練習指導は重要であると考える.今回の結果から,初回の運動指導介入後,1~2ヶ月程度はウォーキングや水泳を取り入れたとの声が聞かれたが,6ヶ月通して運動を継続した対象者は少なかった.このことから,持久力の評価である3分間歩行距離に有意な改善がみられなかったと考える.筋力の評価である握力において有意に改善がみられたのは,自宅でもできるといった簡便さから継続している者も多かったためと考える.実際に膝関節疾患がある対象者へは,ウォーキングができないとの事であった為,自宅での筋力増強練習と踏み台昇降を指導し,6ヵ月後には3分間歩行距離や握力はわずかの改善しかみられなかったが,「膝の痛みが軽減した」との言葉が聞かれた.このことから,今回の運動指導において,有意な運動習慣・身体活動の変容を行うことができなかった.当院での特定保健指導は,1回あたり90分(保健師による特定保健指導の説明等が30分,管理栄養士による食事指導が30分,運動指導30分)と定められている.2010年度の特定保健指導1回平均の受診者は1.6名であった.対象者の身体機能の改善を行うにあたって,どのような運動を提供するかは,個人の身体機能評価を適切に行う必要があり,この限られた時間の中で身体機能評価,運動指導と継続の支援をしていくことの難しさを感じた.また,今後は評価法や指導内容を反芻し,対象者にとってよりよいものを提供していかなければならない.この分野に対する理学療法士の取り組みは,市町村の保健所・保健センターなどでの報告はあるが,医療機関の中で行っているという報告は少ない.今後も調査・介入していく必要があると思われる.【理学療法学研究としての意義】 現在,特定健診・保健指導での運動指導は健康運動指導士または運動指導担当者研修を受講したものとなっており,理学療法士は,保健師・管理栄養士と共に指導現場に立会い,指導をサポートするという立場でしかない.理学療法士が運動指導を行うには,運動指導担当者研修を受講しなければならず,その研修時間は147時間にも及ぶ.理学療法士の専門性として,リスク管理・運動機能評価・運動器疾患に対する対応,そして具体的に指導するに当たっての知識や技術が有用であると考える.今回,計測した評価項目については有意な差はみられなかったが,特定保健指導の対象者に対して個別性のある運動指導を提供するためにも,理学療法士参入の重要性を感じた.