抄録
【はじめに、目的】 わが国の老年人口は年々増加し,それに伴い要介護者も増加している.その要介護者に至る原因で転倒・骨折が第5位であり,高齢者の転倒による骨折は10.3%である.したがって転倒予防による介護予防を図ることは急務である.運動による転倒予防の効果についてみると,太極拳は高い効果があるとされているが,障害高齢者における太極拳の効果は明らかにされていない.現職場において障害高齢者のため太極拳を取り入れた平衡機能訓練として転倒予防バランス体操(以下,バランス体操)を実施している.しかし,バランス体操が太極拳の要素を取り入れているかどうか確認されないまま実施している.よって,本研究では,本邦において最も普及している簡化24式太極拳の特徴的動作要素(以下,太極拳特性動作要素)を明らかにし,現バランス体操に太極拳特性動作要素がどの程度に取り込まれているかを検証する.【方法】 簡化24式太極拳を各「式」(連続した24種類の演武体操動作から構成されているが,その各体操動作のこと)における各身体部位の運動要素の度数を算出し,運動要素のよく似た複合的運動群に大区分化し,特定名称化した動作要素に分類した.この動作要素の度数と割合を算出し,統計的に度数が多い動作要素を太極拳特性動作要素とした.太極拳の各「式」にて太極拳特性動作要素の度数と割合の上位10番目までの「式」を抽出し,両条件を満たした「式」を太極拳特性動作要素多く含む「式」とし,障害高齢者に実施可能に改変した.現バランス体操に対して太極拳と同様な操作を行った.現バランス体操に,太極拳特性動作要素を多く含み改変した「式」を取り入れ,現バランス体操の太極拳特性動作要素の反映していない体操を除外し,これを新バランス体操と提示した.統計的に太極拳,現バランス体操および新バランス体操の割合を比較した.太極拳の動作要素の度数において1サンプルによるχ2検定,太極拳,現バランス体操および新バランス体操の動作要素構成比において各々3群間においてPearsonのχ2検定を行った.統計学的解析はIBM SPSS Statistics 19を使用し,有意水準は危険率5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究の内容は,かなめ病院倫理委員会にて承認を受けた.【結果】 太極拳の「重心移動動作」「片足立ち動作」「膝関節屈伸動作」が上位3動作要素で全体の59.1%を占めた.各運動要素の度数において1サンプルのχ2検定で有意差を認めた(p<0.001).上位3動作要素を太極拳特性動作要素とした.現バランス体操の動作要素の上位は,「重心移動動作」「膝関節屈伸動作」「肩関節屈伸動作」であり,新バランス体操は特徴動的動作要素の上位は,「重心移動動作」「膝関節屈伸動作」「片足立ち動作」であった.また太極拳特性動作要素の割合は,現バランス体操は46.0%であり,新バランス体操は58.5%であった.3群間の太極拳特性動作要素の割合についてPearsonのχ2検定より,太極拳と新バランス体操において有意な違いはなかったが,現バランス体操と太極拳および新バランス体操は共に有意な違いがあった(p<0.001,0.05).【考察】 本研究において太極拳特性動作要素の関連性について統計的に現バランス体操と太極拳および新バランス体操は,構成要素が異なった運動であり,太極拳と新バランス体操は,構成要素においてほぼ近い運動あることがわかった.すなわち,新バランス体操では太極拳特性動作要素である「重心移動動作」「片足立ち動作」「膝関節屈伸動作」が多く取り入れられた.この動作群は常に膝屈曲位にして重心を落としながら四方に重心移動する動作や,片足立ち状態からもう一方の足へゆっくり移動する動作が多く,膝伸展筋に対する強い負荷がかかる動作であることが窺われた.2002年から障害高齢者に実施し,安全に転倒事故もなく介入できている現バランス体操をベースにして構築した新バランス体操は,高杉らが指摘する太極拳の技術的難度の問題は解決でき,障害高齢者に導入が比較的容易であったと考えられた.【理学療法学研究としての意義】 本研究のような太極拳の運動・動作要素からの運動分析の報告は見当たらない.太極拳をそのままでは実施不可能な障害高齢者において,この運動分析法を通して太極拳特性動作要素を取り入れ,しかも比較的容易に実施可能な体操を提案することができたことは,健常者の転倒予防において高い効果が認められている太極拳を障害高齢者の転倒予防のために有効活用する上で極めて重要な意義があると考えられた.