抄録
【はじめに、目的】 従来,脳卒中片麻痺患者の運動麻痺や痙縮改善を目的とした電気刺激は,筋を収縮させる電流強度が用いられてきた.しかし近年,感覚神経刺激を目的した経皮的電気刺激(transcutaneous electrical nerve stimulation:TENS)が注目されている.先行研究において,Levinら(1992)は神経生理学的観点からTENSが脳卒中片麻痺患者のヒラメ筋H反射興奮性を抑制したことを報告している.また,Takeogluら(1998)によると100HzのTENSを8週間実施することによりADL向上を認めている.本邦においても,脳卒中ガイドライン2009ではTENSが痙縮を抑制する有効な物理療法として紹介されているが,その多くは筋収縮を引き起こすようなパラメーターであり,即時的効果を検証しているものがほとんどである.以上より,本研究の目的は脳卒中片麻痺患者に対して感覚閾値レベルでのTENSを3週間実施し,痙縮抑制効果と歩行・バランス能力に対する影響を調査した.【方法】 対象は脳卒中発症後1年以上が経過した,歩行可能な外来通院中の片麻痺患者14名(男性9名,女性5名,年齢59.3±10.2歳)であった.下肢の運動機能はBrunnstrom Recovery StageにてStageIIIが6名,StageIVが7名,StageV1名であった. 研究プロトコルはランダム化クロスオーバーデザインを採用した.通常理学療法のみを実施した期間をCON期(A),通常理学療法にTENSを併用した期間をTENS期(B)とし,各期を3週間と設定した.A-B,B-Aの各パターンにて介入を行い,参加者への無作為割り付けはコイントスにて実施した. TENSにはIntelect ADVANCED COMBO(Chatanooga社製)を用い,治療肢位は座位で麻痺側総腓骨神経を対象に行った.電極設置の際,皮膚のインピーダンスを減少させる為,アルコール綿にて前処置を行い.刺激パラメーターは非対称性二相性矩形波,位相持続時間80μsec,周波数100Hz,振幅変調なし,100%デューティサイクルとした.電流強度は感覚閾値(約15mA)程度とし,刺激時間は30分とした. 評価の時期は各期前後に測定した.評価項目は,足関節背屈Range of Motion(ROM),modified Ashworth scale(MAS),10m最大歩行速度,Timed Up and Go test(TUG),Functional Reach(FR)を測定した. 統計学的分析は,ベースライン時の評価項目の群間比較にMann-WhitneyのU検定を用いて行った.各群内の治療効果の比較にはFriedman検定を用い,多重比較にはShaffer's法を用いた.有意水準は5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は研究実施施設長の許可を得て実施し,参加者にはヘルシンキ宣言に基づき本研究の概要と侵襲,公表の有無と形式,個人情報の取り扱いについて紙面と口頭にて説明を行い,研究参加同意書をもって同意を得た.【結果】 A-B群7名,B-A群7名が参加し,全症例ともTENSによる電気熱傷や疼痛の訴えなく,全期間を通じて安全に実施することができた.ベースライン時の群間比較では全ての評価項目に有意差を認めなかった.FRについてA-B群,B-A群ともにCON期前後で有意差を認めなかったが,TENS期前後において有意な差を認めた(p<0.05).またベースライン時と比較しても有意な改善を示した(p<0.05).MASではBA群に,TUGではAB群においてTENS期前後に有意差を認めた(p<0.05).ROM,MWSは両群とも有意差が見られなかった.【考察】 TENS期(B)においてMAS,FR,TUGが改善した.これはTENSによって総腓骨神経が刺激されたことにより相反性Ia抑制が出現したと推察される.その結果,拮抗筋である下腿三頭筋の痙縮が軽減し,FRが改善したと考察する. また,MWSでは有意差なくTUGでは改善傾向がみられたことから下腿三頭筋筋緊張軽減に伴い立ち上がり時の脛骨前傾が促されたのではないかと考える. 感覚閾値TENSは運動療法との併用が可能であり臨床有用性が高く.今後は併用治療での有効性を検討していく必要がある.【理学療法学研究としての意義】 本研究は,感覚閾値でのTENSをランダム化クロスオーバー試験にて複数回実施し,効果を検証した研究である.結果としてTENSが痙縮を抑制し,さらにはパフォーマンスを改善させたという点で臨床的意義がある.