抄録
【はじめに、目的】 物理療法の一つである電気刺激は、整形外科疾患や中枢神経麻痺の治療として神経・筋の機能回復、痙縮抑制や疼痛軽減などを目的に臨床現場で使用されている。特に脳卒中片麻痺患者の歩行補助手段としてStine RBらによるWalk Aidをはじめとした治療的電気刺激療法が行われている。またBrain Machine Interface (BMI)にも電気刺激が応用されて一定の成果が得られつつある。一方電気刺激による筋張力を発揮するためには一定以上の刺激幅や周波数が必要であるが、筋線維typeIIが優先的に刺激されて急速に筋疲労を誘引することは既に知られるところである。しかし、同時に刺激電極間を中心とした刺激部位に熱が発生することは注目されておらず、著者らは筋収縮特性(筋疲労)と 熱発生原因の関係を刺激幅から分析してきた。本研究目的は、刺激周波数による筋収縮特性と熱発生原因の関係を検討し、筋疲労を極力抑えた電気強度を研究することである。【方法】 対象は健常成人9名(24.6±2.3歳)とし、実験課題は刺激幅0.5ms、周波数を30Hz、40Hz、50Hzそれぞれの電気刺激を前脛骨筋に加えるものとした。測定手続きは前脛骨筋を被験筋とし、運動点を挟んで電極間距離15cmに4×4cmの刺激電極を貼付した。また舟状骨と中足骨底部に掛かるように筋力計カフを固定し、最大背屈筋力2回の平均から20%MVCを算出して電気刺激による筋張力発揮の設定値とした。刺激時間は1秒、15秒の休憩を1サイクルとし、30分間実施した。刺激On-Offを設定した理由は、Benton(1981)ら の報告から刺激1秒に対して5秒以上の休憩時間であれば筋疲労が起きないことからである。また筋収縮特性は刺激電極間に表面電極を貼付して筋電図信号を測定した。休憩15秒のうち、随意収縮を5秒間行うように指示した。皮膚温は、近位刺激電極より5cm上(起始部)と刺激電極間中央(筋腹)の2箇所にプローブを設置し、1分毎に測定した。また対照実験は同様の手続きで健常者7名(26.1±3.3歳)に随意運動のみ5秒間行うように指示し、皮膚温と表面筋電図を測定した。なお筋電図解析は5秒の前後1秒を除いた3秒間のRMS、中央と平均の周波数スペクトラムをそれぞれ抽出した。統計学処理は、課題の皮膚温の測定前と最大値を起始部、筋腹のそれぞれで対応のあるt検定を行った。3つの周波数で測定前と最大値でそれぞれ一元配置分散分析を行った。また筋疲労の分析はそれぞれの周波数で実験開始を基準とし、開始時、5分、15分、30分の経過時間で低下率を算出してKruskal-Wallis検定を行った。いずれの検定も有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 対象および対照実験に参加した人には、事前に書面と口頭で研究の説明をし、同意を得た。本研究は千葉・山形の両県立保健医療大学倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】 開始前と最大値の皮膚温差について、筋腹では30Hzで2.0℃、40Hz で1.9℃、50Hzで2.3℃と開始前よりも皮膚温が上昇し、有意差(p<0.05)がみられた。対照実験では、起始部、筋腹ともに開始前よりも0.9℃、1.2℃と上昇し、筋腹で差(p<0.05)はみられたが、電気刺激よりも低値であった。周波数間による皮膚温では、起始部と筋腹のいずれも、開始前と最大値で明らかな差はみられなかった。一方、RMSの経過時間の低下率では、30Hz、40Hz、50Hzで96~122%の範囲に広がりはあったが、有意な差はみられなかった。同様に中央および平均周波数スペクトラムともに低下率が95%~109%の範囲で差はなかった。【考察】 刺激電極間で筋腹の運動点を中心に電流密度が増大し、Cramp(2000)らの報告と同様に筋細胞膜内外のNa+とK+濃度変化が熱を産生する要因と考えられる。加えて体内組織の温度上昇によって電気強度が大きくなり、電流が組織内で容易に通るために筋張力が強くなることが疲労を誘発する原因の1つになるものと考えられた。また筋張力に関係する刺激周波数で皮膚温に変化が起きるか検討したが、いずれの周波数でも温度上昇に差はなかった。この原因は、本研究で用いた30~50Hzの周波数は低周波数域からすると僅かな帯域であることが考えられた。46回学術大会で報告した電気刺激で熱産生が変化することも踏まえると、刺激周波数に関係なく、寧ろ刺激幅が筋組織の熱産生を引き起こしているものと考えられた。本研究の限界は、一般の臨床で用いられている刺激幅0.2~0.3msよりも大きく、通常の周波数10~30Hzでも検討を加えていく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 現在未報告ではあるが、刺激前後で電極間で深部温度測定の研究を進めており、1.4~2.0℃の温度上昇がみられている。電気刺激による発生する磁界や磁力線による深部の筋組織に熱が発生するかも併せて検討し、熱産生機序と筋疲労との関係を研究することが電気刺激療法に必要不可欠なデータになり得るものと確信する。