抄録
【はじめに,目的】屋外生活空間が制約されている在宅高齢者では,日常生活活動の維持・向上のために,自宅屋外だけでなく自宅屋内での活動量および生活空間の維持・向上が重要な課題となる.とくに和式生活を営む在宅高齢者では自宅の屋内生活空間における諸活動を遂行する際には,移動動作とともに,移動の起点となる椅子座位からの立ち上がり動作だけでなく床上での長座位からの立ち上がり動作が十分に遂行可能であることが必要になる場合が多い.本研究では,屋外活動が困難な在宅高齢者における屋内生活空間と椅子からの立ち上がり動作および床からの立ち上がり動作との関連について検証することを目的とした.【方法】訪問リハビリテーション利用者68人のうち,床からの立ち上がり動作を独力で遂行可能な65歳以上の在宅高齢者30人(平均年齢77.6±7.1歳)を対象に,自宅における屋内生活空間(home-based life space assessment(Hb-LSA)),床からの立ち上がり動作のパフォーマンス(TSF),椅子からの立ち上がり動作のパフォーマンス(chair stand test(CST))を調査した.Hb-LSAは過去1か月間において自宅内を中心とした生活空間を移動または活動した範囲と,その頻度および自立度を調べた結果を得点化する指標である.Hb-LSAにおける屋内生活空間は,基点を寝室のベッドとして規定し,自宅屋内の生活空間をレベル1:ベッド上,レベル2:寝室内,レベル3:自宅住居内,レベル4:自宅居住空間のごく近くの空間(庭やアパートの敷地内),レベル5:自宅屋外(敷地外)の5段階に設定し,各生活空間レベルにおける移動の有無,頻度(生活空間レベル1・2(1:1回未満/日,2:1~3回/日,3:4~6回/日,4:日中ほとんど),レベル3~5(1:1回未満/週 ,2:1~3回/週,3:4~6回/週,4:毎日)),自立度(1:介助者の人的介助が必要,1.5:補助具の使用または介助者による見守りが必要,2:補助具の使用および人的介助が不要)を調べ,各生活空間レベルにおける移動の有無,頻度,自立度の得点を積算し,各生活空間レベルの積算値の合計をHb-LSAの代表値とした(得点範囲0-120点).TSFは,物的介助の有無を問わず,長座位から人的介助を伴わずに立位に至るまでの最速の所要時間を計測した.CSTは,30秒間で椅子からの立ち上がり着座動作の反復回数を計測した.【倫理的配慮,説明と同意】本研究の実施に際して,対象者または家族介護者に対して口頭と書面にて研究概要を事前に説明し同意を得た.なお,本研究は杏林大学保健学部倫理委員会の承認(承認番号23-50)を得て実施した.【結果】各指標の基本統計量を算出した結果,Hb-LSA81.3±19.1点,TSF18.4±25.1s,CST6.3±2.8回,であった.TSF,CSTとHb-LSAの代表値およびHb-LSAの各生活空間レベルにおける積算値との単相関分析を行った結果,TSFはHb-LSAの代表値(r=-0.414),生活空間レベル3の積算値(r=-0.669)およびレベル4の積算値(r=-0.378)との間に有意な相関が認められたが,CSTとHb-LSAの間に有意な相関は認めなかった.Hb-LSAの代表値またはHb-LSAの各生活空間レベルにおける積算値を従属変数,TSFおよびCSTを独立変数とした重回帰分析(強制投入法)を,年齢を調整して実施した結果,TSFはHb-LSAの代表値またはHb-LSA生活空間レベル3の積算値に対する有意な関連項目として抽出されたが,CSTはいずれの重回帰分析においても有意な関連がみられなかった.【考察】Hb-LSAとCSTおよびTSFとの関連を検証した結果,在宅高齢者では椅子からの立ち上がり動作に比べて床からの立ち上がり動作のパフォーマンスが屋内生活空間における活動と密接に関連した.これは,床からの立ち上がり動作が,歩行をはじめとする移動動作のパフォーマンスの高さと関連する重要な基本動作能力であり,自宅内における移動の開始を円滑にするとともに,自宅内の様々な環境下での起立と着座を可能にする動作であるためと考えられた.また,TSFはHb-LSAにおける各生活空間レベルのうちレベル3の積算値と密接に関連したことから,寝室内や自宅周辺の移動ではなく,寝室以外の自宅住居内での移動に寄与する役割が大きいと考えられた.【理学療法学研究としての意義】屋外活動の遂行が困難な在宅高齢者において,床からの立ち上がり動作が自宅住居内の生活空間に対して密接に関連する重要な1要因であることを示唆した.