抄録
【はじめに、目的】 理学療法士・作業療法士を目指す学生は、四肢の筋・骨の構造を立体的に理解することが求められる。本学の解剖学のテスト結果では、体内の個別の構造物の名称は正答できても、体表から深部に至る三次元的な構造物の相互の位置関係の理解が全く不十分であることが判明し、何らかの方策が求められている。 一方、超音波画像診断装置(以下、エコー)は、近年解像度の向上により、骨・軟骨・腱・靱帯・末梢神経といった皮下の比較的浅い組織を区別することが可能となり、運動器に対する応用が広がっている。筋や関節の構造や動きをリアルタイムに見られることは、理学療法士にとり有用な患者情報を即時に得られることとなる。これらのことから、エコーは理学療法の臨床・研究にとって重要なツールとなりつつある。 本研究では、エコーを解剖学教育に応用することにより、人体構造の三次元的理解が深まり、解剖学学習への興味が引き出されるか否かを検討した。【方法】 対象は、○年度後期開講の解剖学実習を受講した本学リハビリテーション学科1年次学生49名(理学療法学専攻25名および作業療法学専攻24名)とした。学生は、前期に開講した解剖学の期末試験結果を用いて最小化法による動的割り付けを行い、対照群とエコーを用いた実習を行う群(以下超音波群)に振り分けられた。 対照群は、上肢、下肢の体表解剖・触診実習を行った。 超音波群は別室にて、1.上腕部~肘、2.前腕~手指、3.大腿~膝関節、4.下腿後面~アキレス腱部の4カ所について、超音波画像装置を用いて局所解剖・触診実習を行った。 講義終了後に両群に対し、確認テスト(12問)を行った。 また学習上の不利益が生じないよう、研究終了後、別日に対照群に対してはエコーを用いた実習を、超音波群には体表解剖・触診実習を行った。その後にエコーを用いた実習に関するアンケート調査を行った。 確認テストの結果の2群間の比較のためにマンホイットニーの検定を行った。また、個々の問題においての正答数の2群間の比較のために、χ²検定を行った。危険率は5%とした。統計学的検討はR2.8.1を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】 対象者に対し、書面および口頭にて研究の目的や方法などを説明し、質問などの機会を十分与え、かつそれらに対して十分に答えた上で文書にて同意を得た。本研究は本学倫理委員会の承認(承認番号2011-021)を得た上で実施した。【結果】 実習参加者は超音波群23名、対照群23名の計46名(参加率94%)であった。 確認テストの正答数は対照群が平均3.4±1.7問、超音波群が平均4.1±2.1問、であった。2群間で有意差は認められなかった。個々の問題における正答・誤答者数の比較では、12問中4問で超音波群に、1問で対照群に有意に正答者数が多かった。 アンケート調査の回収数は45名(回収率98%)であった。超音波画像は7名(16%)が「よく理解できた」、35名(78%)が「やや理解できた」と答え、「理解が困難」、「どちらとも言えない」と答えたのは3名(7%)であった。35名(78%)がエコーを使用することは、人体の構造の3次元的理解に有用と答えた。32名(71%)がエコーを導入した授業に「大変満足」と答えた。自由記入感想欄で頻出した語句は、「自分の」「筋肉」「動く」「実際」「骨」「三次元(立体)構造」「深層」などであり、「貴重」「楽しい」「また」「もっと」などの記載が見られた。否定的な内容の記載は「時間がかかる」が1名に認められたのみであった。【考察】 確認テスト全体の正答率で有意差は認められなかった。しかし、四肢の三次元的な相互の位置関係を問う問題7問中4問で、超音波群の正答率が有意に高かった。また、アンケート調査では、講義の理解度、満足度がともに高く、自由回答においても肯定的、積極的な意見が多数を占めた。以上のことより、エコーを用いた解剖学教育は、人体構造の三次元的理解を深め、学生の興味を引き出すことが示唆された。 エコーの利点は、関節運動に伴う周辺組織の動態をリアルタイムに観察できる点にある。エコーを用いた教育を行うことは、2年次、3年次に開講される機能解剖学や運動器系に対する評価や治療に関する教育において、さらに有用になると考える。【理学療法学研究としての意義】 エコーを用いた解剖学の教育効果を示した点で、理学療法学研究として意義のあるものであると考える。また、エコーは理学療法の臨床・研究にとって重要なツールとなりつつある。本研究はエコーを用いた早期教育を促すことにより、理学療法の発展を促す一助にもなると考える。