抄録
【はじめに】介護老人保健施設(以下:老健施設)入所者の72%は車椅子使用者(今岡.2012)であり、生活空間を移動するために車椅子とベッド間、または車椅子からトイレへの移乗動作は自立度を決定する重要な動作である(佐々木.2005)。この車椅子移乗動作の自立度判定に標準的な評価方法はなく、遂行時間や安全性、耐久性といった実用性の構成要素を用いて検討している。また、性格的特徴を捉え、慌てやすい人や動作が粗雑な人は転倒しやすく見守りが必要と臨床場面の直感としてカンファレンスの意見に上がることが多い。しかしながら、移乗動作の自立度と性格的特徴の関連性を明らかにした報告はない。そのため、本研究では移乗動作の自立度と性格的特徴の関連を調査し、移乗動作が見守りの者と自立の者の違いを検討した。【対象・方法】対象は大都市近郊A老健施設(入所定員100名)のうち、日常の移動手段を車椅子としているもので移乗動作を見守りまたは自立で行っているものとした。対象は25名(女性18名、年齢85.8 ± 8.97)で認知症の有無は問わず、日常生活動作で移乗を自立で行っているものを自立群、見守りで行っているものを見守り群とした。調査項目は、年齢、性別、介護度、HDS-R(長谷川式簡易知能評価スケール)、簡易版YG性格検査、FIM(Functional Independence Measure)、移乗動作テスト(所要時間、ステップ数)FRT(Functional Reach Test)、立位保持時間、転倒歴、服薬状態を調査した。簡易版YG性格検査は、羽田らが考案した性格検査であり、YG性格検査に比べ項目数は少なく、検査結果の妥当性、信頼性が報告されている。そのため、高齢者に不向きな長い検査時間を要しない簡易版YG性格検査を使用した。また、性格検査の結果から平均型、独善型、平穏型、管理者型、異色型の5系統に分類した。【統計学的分析】対応のないt-検定及びχ2検定を行った。統計解析にはSPSS 20J for Windowsを使用し、有意水準は5%とした。【説明と同意】調査実施にあたって、得られた結果の公表は個人情報に十分配慮することを条件に、施設側から承諾を得るとともに、対象には十分な説明を行い同意を得て実施した。【結果】移乗動作の自立群14名、見守り群11名であり、検査拒否があった1名を解析から除外した。性格検査は2群に有意な差はみられず、自立群は管理者型8名、独善型2名、平均型2名、平穏型1名、異色型0名、見守り群は管理者型5名、独善型4名、平均型1名、平穏型0名、異色型1名であった。過去の転倒歴では、自立群0.43±0.51回、見守り群1.82±1.99回と見守り群に有意に過去の転倒歴が多く、HDS-Rでは、自立群15.79±7.10、見守り群9.64±7.35と見守り群の点数が有意に低かった。その他の検討項目については有意な差はなく、移乗動作遂行時間や移乗のステップ数も自立群及び見守り群で同様の結果がみられた。【考察】車椅子使用者の移乗動作の自立度を決定する際に、性格的特徴を用いて評価することは有効ではない可能性が考えられる。しかし、本研究の結果から先行研究にて、転倒リスク要因と報告されている、「過去の転倒歴」や「認知機能低下」が移乗動作自立と見守りを分ける要因と示唆された。また、移乗動作の所要時間は運動パフォーマンスの指標であるが、車椅子使用者の移乗動作自立と見守りを判断するものとしては有効ではない可能性がある。そのため、移乗動作の自立度は「過去の転倒歴」や「認知機能低下」といった転倒リスク因子により決定していることが示唆された。【理学療法意義】 移乗動作の自立度を決定する際に一定の根拠となり、移乗動作を行う利用者のアセスメントに有効である。また、本研究対象の車椅子使用者のような身体機能及び精神機能が低下した者は、移乗動作の自立度決定には、性格的特徴による評価を行うよりも転倒リスクアセスメントの結果を反映した動作レベルを実施する事が重要である。