抄録
【はじめに,目的】平成21年度厚生統計要覧によると,わが国における周産期死亡率・新生児死亡率は著しく改善している.周産期死亡率は著しく減少している一方で,低出生体重児の増加が見られ,それらに伴う発達予後が大きな問題となっている.新生児集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit:NICU)で集中治療を受ける早産児は,子宮内とは大きく異なった環境から,診断と治療に伴う多くの痛み刺激を経験する.しかしながら,新生児では脊髄後角第Ⅱ層の抑制系介在ニューロンが存在するものの,疼痛感覚神経線維であるC線維からの伝播は弱い.このため,疼痛感覚に対する中枢性抑制伝播が貧弱であると考えられる(Fitzgerald, 2005).早産児に対する疼痛と脳発達の研究においてAls et al.,(2004)は,NICUで早産児が経験するストレスや疼痛刺激は,脳の構造や発達,神経行動機能に影響を及ぼすとしている.このような報告から,疼痛刺激が脳活動に及ぼす影響を明らかにし,その感受性をコントロールする方法を検討することは重要であると考えられる.本研究の目的は,NICUで実施されている疼痛刺激の際に脳活動を計測し,従来から実施されている方法(通常ケア)とそれに加え両手で包み込む方法(ホールディングケア)を実施した際の脳活動を明らかにすることである.【方法】対象は,近畿大学医学部附属病院NICUで管理されている早産児10名(男:5,女:5).平均在胎期間(週)30±2,出生時体重(g)1192±324,初回検査時の生後日数(日)30±14,検査時体重1501±186で,医学的に安定し,医師による実施承諾を得られた児とした.方法は,糖代謝検査のためにおこなわれる血糖測定の際に実施した.1人の児に対して1日1回,合計2回実施した.血糖測定は,手技を統一するため新生児集中ケア認定看護師1名が30秒で実施した.血糖測定の際には,通常ケアと通常ケアにホールディングを実施した2パターンで,大脳皮質脳活動,新生児疼痛スコアを比較した.大脳皮質脳活動は,光トポグラフィ装置ETG7100 (株式会社日立メディコ)を用い,左右感覚運動野領域,前頭前野領域の3領域を関心領域に設定した.新生児疼痛スコアは,Premature Infant Pain Profile:PIPP(Stevens, Johnston, Petryshen, & Taddio, 1996)を用いて点数化した.統計解析は,2群(条件)の比較には対応のあるt検定を実施し,有意水準を5%未満とした.すべての統計解析は,統計解析ソフト(IBM SPSS Statistics 18)を用いた.【倫理的配慮,説明と同意】対象者の両親には,研究目的,研究方法及び倫理的配慮の説明を十分行った.その際,研究への参加は自由意志であること,いつでも中断できること,個人情報は厳守し,データは研究以外では使用しないこと,また,研究を中止しても一切の不利益や提供される医療に支障が無いこと,さらに,使用する疼痛刺激は,治療に必要な刺激(血糖測定時の毛細血管血採血)であり故意に与えるものでないことを説明し口頭および文書にて同意を得た.本研究は聖隷クリストファー大学,近畿大学医学部の倫理審査委員会に申請し承諾を得て実施した(承認番号10-077)(承認番号22-38).【結果】ケアの違いにおけるOxy-Hb値の継時的変化の比較における採血と同側,対側の感覚運動野領域のOxy-Hb値は,採血開始直後から通常ケア群で高値示した.採血と対側の感覚運動野領域では,採血開始7秒後から15秒までは,通常ケア群に比べホールディングケア群で有意に低値を示した(p<0.05).また,採血と同側の感覚運動野領域では,採血開始10秒後から12秒までは,通常ケア群に比べホールディングケア群で有意に低値を示した(p<0.05).新生児の疼痛スコアであるPIPPは,両群で有意な差はなかった.【考察】ケアの違いによるOxy-Hb値を1秒ごと(領域別)に比較検討した結果,すべての領域のOxy-Hb値が,ホールディングケアで低値を示し,両側の感覚運動野領域では有意な差であった.ホールディングケアによる疼痛抑制の機序は,Gate Control Theory(Melzack & Wall, 1965)が考えられる.また,Freire et al.,(2008)は,新生児が心地よい刺激を受けた時,オキシトシンの分泌量が増加することで疼痛を抑制する効果があるのではないかと述べている.このような報告からいくつかの要因が関係し,疼痛刺激の感受性を変化させ,大脳皮質の過剰な賦活を低下させたと考えられる.【理学療法学研究としての意義】近年,脳性麻痺や重度の知的障害などが顕在化した後遺症とは別に,明らかな後遺症を残さないが,就学後の学業成績や行動,認知機能面で問題を示す児が多いことが明らかにされている(Delobel-Ayoub et al., 2009).理学療法士が,より早期から早産児に対しての関わり方や環境整備に介入し、発達障害を軽減・予防していく必要性があると考えられる.