抄録
【はじめに】妊婦の有腰痛率は過半数以上と言われており、日常生活に影響を及ぼすことも知られている。また、妊娠時の腰痛が産褥期まで影響し、慢性化することがあることも報告されており、軽視できない。しかし、妊産婦に安易にレントゲン撮影や投薬ができないことから治療に至らないことが多い。出産前後の1 年間に姿勢(体型)は急速に変化し、母体がその急激な変化に順応するのが困難であると言われている。そこで本研究において、妊産婦への運動指導介入を前提に、妊娠経過中における簡便な身体変化測定法の有用性とその腰痛との関連を検討したので報告する。【対象と方法】本研究に同意が得られた妊娠11 週から39 週までの妊婦77 名と産褥婦14 名の合計91 名(平均年齢30.32 歳± 5.01)を対象とし、前額面と矢状面の2 方向について全身が映るようにシルエッター写真を撮影した。ランドマークとして上前腸骨棘、腸骨上縁と重心線の指標となる耳孔、肩峰、大転子、膝関節中央、外果をとった。測定項目は、矢状面より1)前面角、2)腹部最大突出距離、3)腹部最大突出床上距離の身長比、4)腰椎前弯角を、前額面より5)上前腸骨棘間距離、6)腸骨上縁間距離の6 項目を計測し、身体変化を評価した。身体特性として年齢、身長、体重、分娩回数も同時に確認した。妊娠周期間の比較を一元配置分散分析で行い、妊娠周期別に腰痛の有無の2 群間比較にはt検定を行った。【倫理的配慮】研究対象者に承諾を得るにあたり研究協力依頼書を提示し、辞退の権利及び同意後の辞退の権利、辞退がケアを受ける上で不利益をもたらすことはないこと、データは研究以外に使用しない事、分析・発表に際し個人が特定されることはないこと、プライバシーは保護されることを説明し文書にて同意を得た。対象者の体調に留意するとともに、対象者の受ける診療やケアにさし障りの内容に配慮した。尚、本研究は名桜大学大学院国際文化研究科の研究倫理に関する承認を得て実施した。【結果】妊娠周期別測定値の比較では、妊娠による著明な変化が認められる増加体重、体重、BMI、前面角、腹部突出距と、肉眼ではあまり変化を感じることができない上前腸骨棘間距離、腹部突出床上距離の身長比において有意差が認められ、いずれも妊娠経過に伴い測定値の増加が見られ、産後に減少していた(p<0.03)。妊娠周期別有腰痛率は、妊娠初期90%、妊娠中期81.5%、妊娠後期72.5%、産後期35.7%で妊娠初期より高値と示した。妊娠中期における腰痛あり群となし群の比較では、年齢においては、腰痛あり群のほうが年齢は高い傾向が見られた(p<0.016)。産後期における腰痛あり群となし群の比較では、腰椎前弯角において腰痛あり群のほうが有意に大きかった(p<0.03)。上前腸骨棘間距離と腸骨上縁間距離の差を腰痛の有無で比較すると、妊娠中期ならびに妊娠後期においては腰痛あり群のほうが、有意に大きかった(p<0.01)。一方、腰痛なし群において有意差は認められなかった。また、産後においては両群ともに有意差は認められなかった。【考察】妊娠によって骨盤を構成する靭帯が弛緩し、骨盤腔が増大することは知られている。妊娠中期以降の腰痛なし群では、腸骨上縁間距離と上前腸骨棘間距離の差がなく恥骨結合を含む骨盤前面が左右方向に広がっていることが分かり、腰痛あり群では差が骨盤上部のみが広がっていると考えられる。産後は腰椎前弯角が大きいと腰痛を訴え、これは妊娠後期に腹部増大に伴い変化したままの姿勢であり、衝撃吸収力が低下したままであることがわかる。これにより産後に姿勢は自然に戻ることは少なく、何らかの指導が必要になってくると考えられる。シルエッター写真による身体変化測定法は、骨盤・脊柱の状態と身体変化による腰痛を推測する上で重要と考えられ、妊産婦に用いるのに安全かつ簡便で客観的な方法であると考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究により、妊娠中の身体変化をシルエッター写真で測定することで、妊娠各期の異常な身体変化に対して運動指導の介入が可能と考えられ、産婦人科領域や地域保健活動への理学療法士の職域拡大につながると考えられる。