抄録
【目的】地域における理学療法では,身体的虚弱状態などの健康状態を有した高齢者や種々の疾病や障害を有した高齢者に対して身体機能,日常生活活動(ADL),健康状態に関連するQOL(健康関連QOL)の3つの側面の向上を目指した理学療法が行われている.一方,高齢女性の約30%を占める円背(過度な胸椎後弯)は,筋力やバランス機能等の身体機能,椅子からの立ち上がり等のADL,健康関連QOLに影響することが多くの先行研究から指摘されている.しかし円背者のための3つの側面に着目した生活指導・運動療法は十分に確立されていない.そこで,本研究は地域在住の自立高齢女性を対象に,胸椎後弯の程度から円背群と非円背群に分類比較することによって,円背者に生じている身体機能・ADL・健康関連QOLの3側面の特徴とADLに困難を認める円背者の身体機能と健康関連QOLの特徴を検証し,円背者に対する生活指導や運動療法における着目すべき点を明らかにすることを目的とした.【方法】本研究の対象は,介護予防事業に自主的に参加した高齢女性95名(60から79歳まで)とした。胸椎後弯の測定はMilneらが考案した円背指数(胸椎長と胸椎幅の比;IK)を算出することで胸椎後弯の程度を求めた.円背の定義はCulterらの基準に従い,IK>10を円背と定め,円背群と非円背群の2群に分類した.身体機能の測定は,身体的虚弱(高齢者)理学療法診療ガイドラインの運動機能向上に関する評価に従い,筋力の指標として最大握力,30秒椅子立ち上がりテスト(CS30),バランス能力の指標として開眼片足立ち時間,最大努力下でのTimed Up and Go,歩行能力の指標として最大努力下での5m歩行時間(5m歩行)を測定した.本研究の対象者はADLが自立していることから,ADLの指標として,日常生活における動作遂行上の困難さ(ADL困難感)を調査した.対象者には17のADL項目(長時間の歩行,速く歩く,つまずく,転ぶ,椅子からの立ち上がり,立ったまま着替える,立ったまま床の物を取る,長時間の座位,洗顔・歯磨き,トイレ,入浴,階段昇降,公共の乗り物利用,外出,家事,趣味的活動)を2択回答式質問(困る・困らない)による自記式回答にて調査した.健康関連QOLは,SF-36v2Mを用いて調査した.分析方法は身体機能と健康関連QOLにおける円背群と非円背群間の比較はMann-Whitney検定,ADL困難感の有無における比較はカイ二乗検定を行った.ADLに困難を認めた円背者の身体機能と健康関連QOLの比較にはMann-Whitney検定を行った.有意水準は5%,解析ソフトはSPSS15.0を用いた.【倫理的配慮】対象者には研究の目的と内容,利益とリスク,個人情報の保護,参加の拒否と撤回について説明を行ったのち,書面にて参加合意に対する自筆による署名を得た.本研究は埼玉県立大学倫理審査委員会に申請し,研究実施の承認(受付番号22711)を得た.【結果】円背群と非円背群の割合は,それぞれ31名(32.6%),64名(67.4%)であった.2群間の基本特性には全ての項目において有意差を認めなかった.円背群と非円背群間の比較では,身体機能のCS30・5m歩行,ADL困難感の長時間の歩行・椅子からの立ち上がり・長時間の座位・整容・家事動作の5項目,健康関連QOLでは,日常役割機能(身体)・活力・社会生活機能に有意差を認めた.円背群におけるADL困難感の有無による身体機能と健康関連QOLの比較では,長時間の歩行と5m歩行に有意差を認め,椅子からの立ち上がりと5m歩行・日常役割機能(身体)のそれぞれに有意な傾向を認めた.【考察】円背者の身体機能は下肢筋力・歩行能力に低下をきたし,ADLでは5項目(長時間の歩行や家事動作等)に困難を感じ,健康関連QOLでは日常役割機能(身体)・活力・社会生活機能に低下をきたすという特徴が明らかとなった.円背者に対する生活指導や運動療法では,これらに着目したアプローチを行う必要性が示唆された.また円背者におけるADL困難感の有無による身体機能と健康関連QOLの比較において,長時間の歩行に困難を感じている円背者と椅子からの立ち上がりに困難を感じている円背者は共に歩行能力が低下することから,これらの困難感を軽減するには歩行能力を高めるためのアプローチを行う必要性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】以上より,円背者は下肢機能や移動関連動作に支障をきたすという特徴が明らかとなったことから,3側面の向上を目指すためには円背の予防も必要であるが,円背を有していても歩行能力を高めることによって,高齢者のADLや健康関連QOLへの改善に繋がる可能性が示唆された.円背者に対する3側面の関係性を踏まえた生活指導・運動療法を考案し,提供することは,円背者に対する介護予防に繋がるため,生活支援系理学療法分野において意義のある研究と考える.