理学療法学Supplement
Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: D-S-03
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セレクション口述発表
糖尿病によってγ運動ニューロンが選択的に減少する
村松 憲丹羽 正利長谷川 達也佐々木 誠一石黒 友康
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抄録
【はじめに、目的】 糖尿病合併症の1つである糖尿病性ニューロパチー(以下DPN)は感覚・自律神経症状を主体とする一方で,筋力低下は殆ど生じないため,運動神経系はDPNに強い耐性を持つと考えられて来た.しかし,我々は先行研究においてI型糖尿病ラットの内側腓腹筋を支配する運動ニューロンはその細胞径が縮小,細胞数も有意に減少する事を報告し,運動ニューロンもDPNの極初期から障害を受けることを示した(Muramatsu et al. Neurosci. Lett. in press).本研究では先行研究で示した運動ニューロン数の減少が,錘外筋を支配する大型のα運動ニューロンに生じるのか,筋紡錘の錐内筋線維を支配するγ運動ニューロンに生じるのか,運動ニューロンの機能の違いによるDPN耐性の差について検討することを目的とし,DPNによる運動ニューロン障害の詳細な解析と錘内筋線維と錐外筋線維の二次変性を調査するものである.【方法】 実験には24頭のWistar系ラット(オス,7週齢)を用いた.12頭にはstreptozotocinを腹腔内投与し,I型糖尿病を発症させた(糖尿病群).残りの12頭には生理食塩水のみを投与して対照群とした.各群6頭は10週間後,残りの各群の6頭は20週間後に内側腓腹筋を支配する運動ニューロンを逆行性に標識するために,麻酔下にて右内側腓腹筋を支配する神経枝にdextran- fluoresceinを2時間暴露し,術創を閉じた.15日間の生存期間の後,深麻酔下にて灌流固定を行い,腰髄以下の脊髄と左内側腓腹筋を摘出した.後固定の後,脊髄から80μmの連続切片を作成し,蛍光顕微鏡下にて運動ニューロン数と細胞径を計測した.内側腓腹筋は10μmの連続切片を作成した後に,マッソンのトリクローム法にて染色し,光学顕微鏡にて筋線維の変性を観察した.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は健康科学大学動物実験倫理委員会の承認を経て行なわれた。【結果】 運動ニューロン数は対照群(平均125個)に比較して糖尿病群では発症後20週までに平均80個にまで有意に減少した.また,細胞径も対照群の平均35μmに比較して糖尿病群では30μmまで有意に減少した.さらに,細胞の平均径の分布を示すヒストグラムは健常群では30μm付近を境にした2峰性の分布を示した.しかし,糖尿病群(10週間)のヒストグラムでは小型の細胞群が減少し,糖尿病群(20週間)では小型の細胞群はほぼ消失,ヒストグラムも単峰性になった.内側腓腹筋の錘外筋線維は対照群,糖尿病群とも除神経による二次変性が観察されなかった.一方,対照群の錐内筋線維には形態異常が観察されなかったが,糖尿病群は病期が長くなるほど,形態異常を示す錘内筋線維が増加した.【考察】 DPNは感覚神経と自律神経症状を主体とする一方で,運動神経系はDPNに強い耐性を持つと考えられて来たが,本研究結果はDPNの極初期から運動神経系の障害が存在する事を強く示唆するものである.また,その障害は小型の運動ニューロンに強く,細胞数が大きく減少することが特徴であった.先行研究によって小型の運動ニューロンは主に筋紡錘の錐内筋線維を支配するγ運動ニューロン,大型の運動ニューロンは錘外筋線維を支配するα運動ニューロンであることが示されている.また,糖尿病群においてのみγ運動ニューロンに支配される錘内筋線維の形態異常が観察された.これらの事実はDPNが小型のγ運動ニューロン数を選択的に減少させ,それに支配される錐内筋線維に二次変性を生じさせた可能性が高いことを示している.γ運動ニューロンの消失に伴って生じる機能障害は筋力の低下ではなく,筋紡錘の感度低下による固有感覚の減少や腱反射の減弱であるため,DPN患者の筋力低下が観察されないという臨床所見やアキレス腱反射がDPNの初期に消失するという臨床所見などと良く一致する.以上より私達はDPNによる細胞減少は主としてγ運動ニューロンに生じる可能性が極めて高いと結論づける. 【理学療法学研究としての意義】 本研究はDPNによるγ運動ニューロンの障害というDPNの新たな一側面を始めて報告するものである.今後,この未知の合併症に対する運動療法の効果を検討,効果的な運動療法を開発することによって,将来,糖尿病リハビリテーションにおける理学療法士の役割をさらに広げる可能性がある点に意義がある.
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© 2013 日本理学療法士協会
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