抄録
【はじめに】近年、がん生存率は、早期かつ適切な診断や治療技術の進歩などがん医療の発展により、世界的に増加傾向にある。がん生存者の増加に伴い、積極的な治療後の生活の質(Quality of Life;以下QOL)維持や職業復帰など退院後の生活状況が重要視され始めている。主に国外から、がん患者のQOL向上を目的としたリハビリテーション(以下リハ)関連の介入研究は、いくつも報告され、介入効果が証明されている。一方国内では、がん患者のQOLに着目したリハ関連の報告は少なく、日本のがんリハ発展のためにも早急に検討すべき課題と考える。そこで本研究では、周術期消化器がん患者を対象に手術前と自宅復帰後でQOLを評価、比較し、周術期から自宅復帰後のQOL変化を明らかにする。また、自宅復帰後に有意な低下を認めたQOLには、対象者から手術前後に得られた基本情報、手術情報、生化学データ、身体運動機能評価値が影響するか否か、その可能性について予備的検討することを目的とした。【方法】対象は、平成23年5月から平成24年10月末の間に当院リハ科に依頼のあった周術期消化器がん患者57名(男性30名、女性27名、平均年齢62.6±11.4歳)とした。対象者の基本情報(年齢、性別、手術部位、がん進行度)と手術情報(手術術式、手術時間、出血量)は、カルテより収集した。手術術式は、腹腔鏡を使用し手術を施行された者と開腹にて手術を施行された者の2水準に分類した。生化学データは、手術日から1日以上前の時期(以下術前)と手術日から10日前後経過した時期(以下術後)の血清アルブミン値と総リンパ球数、術後のC反応性蛋白(以下CRP)をカルテより収集し、術前と術後の小野寺式栄養指数(以下PNI)を算出した。身体運動機能評価は、術前と術後に等尺性膝伸展筋力(以下KEM)、Timed “Up and Go” test(以下TUG)、6分間歩行距離(以下6MD)を実施した。KEMは、ハンドヘルドダイナモメーター(アニマ社)を使用し、ベルト固定法で2回行い最大値(kgf)を体重で正規化(kgf/BW)した。TUGは、高さ40cmの椅子に着座した状態から3m先の目標物を回って再度着座するまでの時間を最大速度で2回行い、最小値 (sec)を採択した。6MDは、 6分間可能な限り歩行できる距離(m)を歩行用距離測定器(セキスイ樹脂)で1回評価した。各々の評価指標は、術後評価値/術前評価値×100%の式から変化率を算出した。QOL評価は、術前と手術日から4週間前後経過した時期(以下退院後)にSF-36v2アキュート版(以下SF36)を使用し、健康関連QOLを評価した。統計学的処理には、Wilcoxonの符号付き順位和検定でSF36の下位尺度得点を術前と退院後で比較した。また、従属変数を退院後に有意な低下を認めた下位尺度得点、独立変数を対象者の基本情報、手術情報、生化学データ、身体運動機能評価値の内,従属変数の下位尺度得点と有意な相関あるいは有意差を認めた項目に設定した重回帰分析(ステップワイズ法)を使用し、退院後の下位尺度得点の影響因子について検討した。有意水準は全て5%未満とした。【倫理的配慮】本研究は、国際医療福祉大学三田病院倫理委員会に承認されている(承認番号:H23-05)。【結果】退院後の下位尺度得点は、身体機能(以下PF)、日常役割機能(身体)(以下RP)、体の痛み(以下BP)、日常役割機能(精神)(以下RE)に有意な低下を認めた。これら下位尺度得点と有意な相関あるいは有意差を認めた項目は,PFが性別,年齢,術後PNI,術前と術後TUG,TUG変化率,術後6MD,6MD変化率,RPが6MD変化率,がん進行度,BPが術後PNI,術後CRP,術後6MD,REががん進行度であり,各々独立変数として投入した。重回帰分析の結果より算出された予測モデルには、PFに術後TUG、術後PNI、性別(R=0.663、R²=0.440)、RPにがん進行度、6MD変化率(R=0.425、R²=0.180)、BPに術後6MD、術後CRP(R=0.414、R²=0.141) の独立変数が選択された。REは、予測モデルが算出されなかった。【考察】周術期消化器がん患者の自宅復帰後QOLは、身体的健康より精神的健康が比較的改善しやすい傾向が明らかになった。重回帰分析の結果より自宅復帰後QOLには、疾患特有の因子(がん進行度)や周術期の因子(手術後の栄養状態や炎症症状)、一般の因子(性別)が選択された一方で、理学療法士が臨床現場で使用する身体運動機能評価値(TUG、6MD)が影響している可能性が明らかとなった。このことから周術期消化器がん患者の身体運動機能は、手術前後で適切に評価し、把握することが重要と考える。今後は、対象者増加や投入する交絡因子の再検討など,より一層の検証作業が必要と考える。【理学療法学研究としての意義】周術期消化器がん患者には、自宅復帰後QOLに身体運動機能を含む手術前後の情報が影響している可能性があり、在院期間の短い周術期でもリハ分野が自宅復帰後QOL向上に貢献できる可能性があると考える。