抄録
【目的】我々は先行研究においてキセノン(以下,Xe)光の星状神経節(以下,SG)近傍照射が自律神経活動動態および上肢末梢血管血流速に及ぼす影響について検討した.本研究では,上肢末梢血管抵抗を含めた検討を行い,Xe光のSG近傍照射が上肢末梢循環動態に及ぼす影響について明らかにすることを目的とした.【方法】健常例15例(男性9例,女性6例,年齢25.5±4.1歳)を対象として,以下の2つの実験を行った.実施順序はランダムとし,1日以上の間隔を空けて実施した.<実験1>対象者は,15分間の安静仰臥位保持(以下,馴化)終了後, 同一肢位のままXe光治療器(AUVE,日本医広)を用いた両側SG近傍へのXe光照射(以下,Xe-LISG)を10分間実施した.<実験2>対象者は馴化終了後,Xe-LISGを伴わない安静仰臥位保持(以下,コントロール)を10分間継続した.測定項目は,自律神経活動動態の指標として,心電計(Cardiofax V ECG-9522,日本光電)を使用し,副交感神経活動の指標である心電図R-R間隔変動係数(以下,CVR-R)を測定した.CVR-Rの測定は,実験1においては馴化終了後とXe-LISG終了後に行い,実験2においては馴化終了後とコントロール終了後に行った.上肢末梢血管血流速および末梢血管抵抗は超音波診断装置(XarioSSA-660A,東芝)の8MHzのリニア型探触子を使用し,右側橈骨動脈の平均最大血流速(以下,Vmax A)と拍動係数(以下,PI)をパルスドプラ法にて測定した.Vmax AおよびPIは実験1において馴化終了後とXe-LISG終了後に行い,実験2において馴化終了後とコントロール終了後に行った.Vmax AとPIは,それぞれ5拍分の平均値を代表値とした.実験1での馴化終了後とXe-LISG終了後および実験2での馴化終了後とコントロール終了後との間でのCVR-R,Vmax A,PIを対応のあるt検定により検討した.全ての統計学的検定での有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】対象者に対しては,ヘルシンキ宣言に基づき,本研究の目的や参加の同意及び同意撤回の自由,プライバシーの保護の徹底等につとめ予め十分に説明し,同意を得た.【結果】CVR-Rについては,実験1では馴化終了後と比較して,Xe-LISG終了後に有意な上昇が認められた(p<0.05).これに対して,実験2では明らかな変化は認められなかった.Vmax Aについて,実験1では馴化終了後と比較して,Xe-LISG終了後での有意な上昇が認められた(p<<0.01).一方,実験2では馴化終了後と比較して,コントロール終了後での有意な低下が認められた(p<0.05).PIについて,実験1では明らかな変化は認められなかったが,実験2では馴化終了後と比較して,コントロール終了後での有意な上昇が認められた(p<0.05).【考察】CVR-Rの結果より,Xe-LISGがSGの交感神経活動を抑制し,副交感神経活動の優位な状態を引き起こした可能性が示唆された.右側橈骨動脈のVmax Aの結果について,Xe-LISGにより,上肢末梢血管血流速が上昇したことが認められた.これはXe-LISGが上半身領域の交感神経活動を抑制し,上肢末梢血管拡張に伴う上肢末梢血流量の増加が基盤にあると示唆された.実験2におけるVmax AおよびPIの結果より,PIが有意に上昇し,末梢血管の抵抗が高まっていたことが考えられた.この理由としては,Xe-LISGが行われないことで上半身領域の交感神経活動が低下せず,その結果として上肢末梢血管の収縮が生じたためではないかと推察された.【理学療法学研究としての意義】本研究結果は,Xe-LISGが自律神経活動動態の変容に基づいた上半身領域の末梢循環の改善をもたらす可能性を示している.これにより,Xe-LISGは,上半身領域に出現する交感神経依存性の複合性局所疼痛症候群や上肢末梢循環不全に対する介入手段の一つとなり得る可能性があり,臨床理学療法上,極めて意義深い示唆を与えるものであると考えられる.