抄録
【はじめに、目的】我々は深達性に優れる直線偏光近赤外線(Linear Polarized Near-infrared Ray;LPNR)照射の筋緊張抑制効果を報告(2008)した。近年,高強度パルス照射型LPNR(High Intensity LPNR;HI-LPNR) 治療器が臨床応用された。最大出力10WのLPNRを照射3m秒,休止7m秒でパルス照射し,熱傷リスクを低減し高い深達性を発揮する。主に疼痛緩和に利用されているが筋緊張抑制効果も期待できる。しかし報告はない。本研究の目的は筋緊張に対するHI-LPNR照射の効果を明らかにすることである。【方法】対象は脳血管障害片麻痺患者17人(年齢76.9±8.8歳)で,無作為に照射群と対照群に割り付けた。取り込み基準は膝完全伸展位(膝伸展位)と膝90度屈曲位(膝屈曲位)で麻痺側足関節底屈筋の筋緊張をAnkle Plantar Flexors Tone Scale(APTS)のStretch Reflex(SR),Middle Range Resistance(MR),Final Range Resistance(FR)で測定し最低一項目が"1"以上とした。全測定は評価者1名が行い,補助者1名が肢位保持を補助した。 両群共,介入前後に麻痺側の足関節最大背屈角度(背屈角度)と他動的足関節背屈抵抗トルク(抵抗トルク)を測定した。背屈角度は腓骨への垂線を基本軸,第5中足骨を移動軸とし1度単位で測定した。抵抗トルク[Nm]はHand-Held Dynamometer(HHD)のパッド中心を足底の第2中足骨骨頭部に当て,照射前はHHDを介する他動的最大背屈に必要な最小の力[N]を,照射後は照射前背屈角度での最小の力[N]を測定し,内果下端から第2中足骨骨頭間の距離[m]を乗じて求めた。両指標は介入前後の変化量を算出し解析した。APTSは他動的伸張に対する反応で評価する筋緊張の指標で,SRは素早く伸張し伸張反射の程度を,MRとFRはゆっくり伸張した際の抵抗感を伸張中間域と最終域で評価する。全指標は背臥位で膝伸展位と膝屈曲位で測定した。介入効果の検討には背屈角度と抵抗トルクを用いた。解析には対応のないt検定を用いた(有意水準5%未満)。 HI-LPNR治療器(東京医研,Super Lizer PX Type1,手持ち照射用プローブ使用)の照射条件は全照射時間5分間,最大出力8W(機器の最大出力は10Wだが出力80%に設定)であった。照射群は麻痺側上の側臥位,両下肢軽度屈曲位で照射した。照射部位は腓腹筋の筋腱移行部起始側4か所で,1か所に3秒間照射後,次の部位へ移動する操作を5分間繰り返した。照射群は照射前後に筋緊張を測定し,対照群は筋緊張測定後に背臥位で5分間安静を保ち,再度筋緊張を測定した。【倫理的配慮、説明と同意】本庄総合病院倫理委員会の承認を得て,全対象に目的と方法を説明し書面で同意を得た。【結果】結果を膝伸展位/膝屈曲位で示した。照射群は10人で平均年齢76.9±8.8歳,男4人,女6人,麻痺側は右4人,左6人, Br.StageはII2人,III1人,IV3人,V3人,VI1人,SRは0が5/3人,1が3/4人,2が2/3人,MRは0が4/4人,1が6/6人,FRは0が2/0人,1が7/9人,2が1/1人であった。対照群は7人で平均年齢75.9±9.7歳,男5人,女2人,麻痺側は右2人,5人, Br.StageはI2人,II2人,III1人,IV1人,VI1人, SRは0が4/5人,1が2/1人,3が1/1人,MRは0が2/3人,1が3/3人,2が1/1人,3が1/0人,FRは1が4/3人,2が2/4人,3が1/0人であった。 介入前の背屈角度は,照射群0.0±4.0/12.1±7.6度,対照群0.6±2.3/8.6±5.7度,抵抗トルクは,照射群5.4±1.1/5.3±1.1Nm,対照群6.2±1.6/5.8±1.7Nmであった。介入前の両群間の各属性,背屈角度と抵抗トルクには統計学的有意差を認めなかった。背屈角度変化量は,照射群2.7±2.5/3.7±2.6度,対照群-0.6±1.9/0.6±1.0度で,両肢位共に対照群に比して照射群で有意な背屈角度拡大を認めた(p<0.01)。抵抗トルク変化量は,照射群-1.4±0.6/-2.4±1.1Nm,対照群0.01±0.6/-0.03±0.3Nmで,両肢位共に対照群に比して照射群で有意な抵抗トルク減少を認めた(p<0.01)。【考察】照射群の背屈角度と抵抗トルクが有意な変化を示した。照射群では筋伸張性が高まり最大筋伸張度が増大すると共に筋伸張に要する力が減少したと考えられ,HI-LPNRには筋緊張抑制作用があると示唆された。機序としてHI-LPNRの温熱作用による筋線維や筋膜の伸張性向上や伸張反射抑制が考えられた。光化学作用の関与も推察されるが詳細は不明である。また両肢位共に効果を認めたため,足関節底屈筋の腓腹筋を主とする2関節筋とヒラメ筋を主とする単関節筋に対して効果が得られると示唆された。1800mWのLPNRは組織面から30mm深部での温度上昇と50mm深部での透過光を認めている(近藤,1997)ため,本研究で用いた8Wの光線であれば深層にあるヒラメ筋まで到達すると考えられる。しかしHI-LPNRの透過性に関する報告は無いため,詳細な深達度について今後の検証が必要である。【理学療法学研究としての意義】本研究結果はHI-LPNRの筋緊張緩和作用を示唆するもので,臨床的意義が高いと考えられた。