抄録
【はじめに】片側坐骨部に褥瘡が発生する要因には、座位時に骨盤が傾斜し圧が集中することが考えられる。骨盤傾斜は、股関節屈曲可動域とバックサポート角度が適合していない車いす利用で引き起こされる。片側坐骨部の褥瘡発生リスクを軽減するためには、両坐骨支持が可能となるシーティングを行い、坐骨部の圧力分散が必要となる。その評価として、座位姿勢のモールドクッションを作製し、坐骨部の左右高低差を測定する方法がある。しかし、モールドクッションを作製するには特別な機器、技術、時間を要する。そこで、左右坐骨部の高低差を、左右の上前腸骨棘(以下、ASIS)の高低差と股関節可動域から推測する方法を検討してきた。今回、股関節屈曲可動域制限がある症例での検討を報告する。【方法】対象者は20代、男性、右股関節脱臼骨折により右股関節屈曲可動域制限を有する者である。股関節屈曲角度は右45度、左100度、棘下長は右875.0mm、左880.0mmであった。以下右側を患側、左側を健側と表記する。左右ASISを結ぶ直線と水平線のなす角度を、骨盤側方傾斜角度と定義した。測定姿勢は、両足底を床に接地させ、両側膝関節屈曲角度を90度とし、両下腿(腓骨)が垂直となるように設定した。測定時には、両膝蓋骨部分に脚長差分の厚さをつけた板を当て、骨盤の回旋を制限した。対象者には、前方にある目印を注視しながら、臍を突き出し、背を伸ばすように指示し、矢状面上にて、健側ASISと上後腸骨棘(以下、PSIS)を結ぶ直線が、ASISが5度下に傾斜するように前傾させた。その姿勢を健側股関節屈曲角度が90度であると仮定し、測定姿勢Aとした。測定姿勢Aより骨盤を10度ずつ後傾させた姿勢を、測定姿勢B、C、D、E、Fとした。各姿勢にて、骨盤側方傾斜角度を2回測定し、その平均値を算出した。各測定姿勢における平均値と左右ASIS間距離より、左右ASISの高低差を算出した[高低差=ASIS間距離×sin(角度)]。骨盤の傾斜角度の測定には、HORIZON(ユーキ・トレーディング社製)を使用した。【倫理的配慮、説明と同意】発表内容および個人情報の取り扱いについて口頭および書面にて説明を行い、同意を得た。また、当センター倫理委員会の承認を得た(承認番号H24-6)。【結果】左右ASIS間の距離は237.5mmであった。各測定姿勢での骨盤側方傾斜角度の平均値は、測定姿勢A:10.0度、測定姿勢B:7.5度、測定姿勢C:4.5度、測定姿勢D:2.5度、測定姿勢E:1.5度、測定姿勢F:0.5度となり、全ての測定姿勢において患側が挙上位であった。また、左右ASISの高低差は測定姿勢A:41.2mm、測定姿勢B:31.0mm、測定姿勢C:18.6mm、測定姿勢D:10.4mm、測定姿勢E:6.2mm、測定姿勢F:2.1mmであった。【考察】股関節屈曲制限がある場合、座位における骨盤の後傾角度が減少するに伴って、骨盤側方傾斜角度が増加し、左右ASISの高低差が増加することがわかった。この骨盤傾斜は、骨盤患側挙上と腰椎患側方向への側屈が、骨盤の前傾の代償動作として生じているためであると考えられる。測定姿勢においては、骨盤後傾角度が10度ずつ減少すると、健側股関節屈曲角度が10度ずつ増加すると考えられる。つまり、患側股関節屈曲角度が45度で制限されているため、測定姿勢Fより骨盤が前傾すると、骨盤の側方傾斜が引き起こされたと考えられた。今回の対象では座面に左右坐骨を接地させるためには、坐骨部に40.0mm程度の高低差が必要であった。これらの知見を基に、股関節屈曲可動域制限を有する患者に対するシーティングや、クッション選定を進めていきたい。当研究の一部は、H24年度埼玉県理学療法士会研究推進補助金を受けた(採択番号12-01)。【理学療法学研究としての意義】片側に股関節屈曲可動域制限がある患者の座位において、可動域以上に骨盤を前傾させると片側骨盤が挙上することが予想された。股関節屈曲角度や左右ASIS高低差が、座位における左右坐骨の高低差を判断するための評価手法のひとつとなると考える。