抄録
【はじめに、目的】高齢者の歩行動作と転倒との関連についての報告は多く、歩行動作の分析は重要である。しかし、理学療法の臨床現場において行われている動作分析の方法は、そのほとんどが視覚的観察である。視覚的観察は最も簡便な方法であるが、主観的な判断に頼るものであり、観察者の経験等により結果が異なることが明らかとなっている。高齢者歩行における定量的な動作分析については、股関節伸展角度の減少や、左右重心移動の減少が転倒と関連すると報告されている。しかし、定量的に動作分析を行う装置は、機器の導入コストが非常に高いこと、測定時間が長いこと、専有空間が必要であること、持ち運びが困難であることなどから、臨床現場での普及には至っていない。そこで本研究の目的は、表示機能付きのジャイロスコープによる簡便な歩行動作分析を行い、加齢による歩行様式の変化の検出ならびに高齢者の転倒リスクとの関連を検討することとした。【方法】対象は、高齢群が地域在住高齢者16 名(平均年齢78.6 ± 5.5 歳)、若年者16 名(平均年齢27.4 ± 3.4 歳)とした。ジャイロスコープは表示機能付きスイングセンサ(シリコンセンシングシステムズジャパン社、SS-30001)を使用し、課題は5mの直線歩行とした。ジャイロスコープのセンサ部を対象者の体幹部・腰部・左右大腿部へ順に取り付け、各部位の最大角度・最大角速度を測定した。測定面は、体幹部・腰部では矢状面・前額面・水平面とし、大腿部では矢状面のみとした。各条件における2 施行の再現性には級内相関係数ICC(1、1)を用いた。群間の比較には、正規性の検定としてShapiro-Wilk検定を用い、両群ともに正規分布が仮定できた場合には、対応の無い t 検定を用いた。両群またはどちらかの群で正規分布が仮定できなかった場合には、Mann WhitneyのU検定を用いて検討した。また高齢群では転倒歴の聴取と身体能力指標(5m歩行時間、Timed UP & Go test、Functional reach test、5 回椅子立ち上がり時間、8 回ステップ時間、開眼片脚立位時間、継足バランス時間、3m継足歩行時間、3m継足歩行エラー回数)の測定を行い、それぞれの身体能力指標測定値とジャイロスコープ測定値との関連を、Pearsonの積率相関係数を用いて検討した。有意水準はいずれもp<0.05 とした。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は、筑波大学研究倫理委員会の承認を得て実施した(課題番号第23 −181)。対象者には事前に研究の主旨を書面にて説明し、同意を得た上で実施した。【結果】測定は1 試行につき1 分未満の時間で測定可能であり、再現性について全ての測定項目で有意相関を認めた。群間比較に関して、角度では、体幹部矢状面・前額面、腰部矢状面において高齢群が有意に大きく、腰部前額面、左右大腿部では高齢群が有意に小さかった。角速度では、体幹部前額面・水平面、腰部矢状面で高齢群が有意に大きく、腰部前額面では高齢群が有意に小さかった。身体能力指標と角度との関連において有意相関を認めた項目は、体幹部矢状面と3m継足歩行時間(r = 0.61)、腰部水平面と8 回ステップ時間(r = 0.80)、右大腿部と5m歩行時間(r = -0.53)・Timed UP & GO test(r = -0.51)・Functional Reach test(r = 0.53)・継足バランス時間(r =0.71)。身体能力指標と角速度変化量と有意相関を認めたのは、体幹部矢状面と5m歩行時間(r = -0.70)、腰部前額面とTimed UP & GO(r =-0.52)・開眼片脚立位時間(r = 0.51)、腰部水平面と5m歩行時間(r = -0.60)であった。また転倒歴の有無については、転倒歴あり群において歩行中の体幹前額面の角速度変化量が有意に大きい結果となった。【考察】表示機能付きジャイロスコープを用いた高齢者歩行の動作分析において、測定方法は簡便であり、臨床現場において実施可能と考えられた。同条件2 回の測定値における再現性が認められた。若年群との比較では、先行研究と同様の傾向を認めた項目が多く、高齢者の歩行動作分析における構成概念妥当性を認めたと考えられた。身体能力との関連においては、体幹部の動揺が小さく、腰部の動きが大きく、大腿部の動きが大きいことが、身体能力の高さを示す傾向であると考えられた。【理学療法学研究としての意義】表示機能付きジャイロスコープを用いた高齢者歩行評価は、臨床現場において実施可能であること、測定値が高齢者の特徴を示し、運動能力との関連を認めたことから、有用であると考えられた。