抄録
【はじめに、目的】臨床において,腰痛患者の片脚立位は健常者と比べて重心動揺が大きいことを多く経験する.我々は第31回関東甲信越ブロック理学療法士学会において,健常者は片脚立位時に支持脚の寛骨が後傾して,腰痛患者は寛骨が後傾する者と前傾する者に分かれることを報告した.健常者と寛骨が後傾する腰痛患者は片脚立位時の動揺が少なく,前傾する腰痛患者は動揺が大きい印象を持つ.そこで本研究の目的は,健常者と寛骨が後傾する腰痛患者および前傾する腰痛患者の3群における片脚立位時の支持脚の寛骨傾斜角度と重心動揺を調査し,その関係性を明らかにすることとした.【方法】対象は腰痛がない者10名(年齢27±2.8歳)を健常群,腰痛を有し片脚立位時に支持脚の寛骨が後傾する者8名(年齢30±3.3歳)を腰痛後傾群,腰痛を有し寛骨が前傾する者7名(年齢30±1.5歳)を腰痛前傾群とした.疾患名を問わず,神経症状を呈する者や測定時に疼痛が生じる者,下肢に既往歴がある者は除外した.疼痛部位は,下位腰部に疼痛を訴える者が8名,上後腸骨棘周囲に疼痛を訴える者が7名であった.測定課題は片脚立位とし,測定条件は支持脚の膝関節を伸展位,遊脚側の股関節,膝関節90°屈曲位とした. 測定項目は片脚立位時の支持脚寛骨の傾斜角度(以下,寛骨傾斜角度),重心の総軌跡長と外周面積の3項目とした.寛骨傾斜角度は,基本軸を水平線,移動軸を上前腸骨棘と上後腸骨棘を結ぶ線とし,両軸がなす角度とした.静止立位時の寛骨傾斜角度に対して片脚立位時に寛骨が前傾する方向をプラス,後傾する方向をマイナスとした.寛骨傾斜角度の測定には三次元動作解析装置EvaRT4.0(Motion Anaiysis製)を用いて,静止立位と安定した片脚立位の寛骨傾斜角度を3秒間測定し,その平均値から変位量を算出した.総軌跡長と外周面積は,重心動揺計グラビコーダーG-6100(アニマ社製)を用いて,30 秒間の片脚立位を測定した.静止立位から片脚立位が安定した時点で重心動揺と三次元動作解析の測定を同時に開始した.計測は2 回実施し,疲労の影響を考慮して各測定間には5 分程度の休息を挟んだ.統計学的検討にはSPSS17.0 J for Windowsを用い,健常群,腰痛後傾群および腰痛前傾群における3項目の比較に対応のない一元配置分散分析を行い,有意水準は1%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】被験者にはヘルシンキ宣言に基づいて研究の主旨を十分に説明し,同意を得た上で研究を行った.【結果】片脚立位時の寛骨傾斜角度については健常群-5.8±4.6°,腰痛後傾群-6.3±4.2°,腰痛前傾群4.4±2.2°であった。総軌跡長については健常群104.8±22.7 cm,腰痛後傾群82.5±13.4 cm,腰痛前傾群150.0±20.5 cmで健常群と腰痛前傾群,腰痛後傾群と腰痛前傾群で有意差を認めた.外周面積については,健常群5.4±2.2 cm²,腰痛後傾群5.9±3.7 cm ²,腰痛前傾群8.1±4.1 cm²で健常群と腰痛前傾群,腰痛後傾群と腰痛前傾群で有意差を認めた.【考察】我々の先行研究では片脚立位時に寛骨が後傾する被験者は健常群と腰痛群に認められるが,寛骨が前傾する被験者は腰痛群のみに認められると報告した.本研究では片脚立位時の寛骨傾斜角度,総軌跡長および外周面積において健常群と腰痛前傾群,腰痛後傾群と腰痛前傾群に有意差が認められたことにより,健常群と腰痛後傾群に比べて腰痛前傾群は総軌跡長,外周面積が増大することが明らかとなった.健常群と腰痛後傾群の重心動揺が減少した理由は,片脚立位時に支持脚側の寛骨が後傾することで仙結節靱帯をはじめ仙骨周囲の靱帯が緊張するため,仙腸関節の固定性が増大して仙腸関節のLocking機構が働くことで重心を安定させることができたと考える.腰痛前傾群の重心動揺が増大した理由として,BarbaraやD.Leeは支持脚の寛骨が前傾する場合を荷重伝達障害,いわゆる仙腸関節の機能障害が起こることで,片脚立位時に支持脚側の多裂筋や内腹斜筋の先行収縮のタイミングの遅延および骨盤底筋群,腹横筋の機能不全が生じると報告している.よって,腰痛前傾群は上記の理由により片脚立位時の重心動揺が増大したと考える.静的な片脚立位ですら優位に現れる重心動揺の増大は,歩行などの動的な動作ではより身体へのストレスが加わり,それらが繰り返されることにより腰痛の一因になると考える.今後は,表面筋電計を用い片脚立位時の腰部の筋活動を測定することで,腰痛前傾群で認められた重心動揺が腰部の筋活動に与える影響を検討し,更なる因果関係を探っていきたい.【理学療法学研究としての意義】荷重下で下位腰部と上後腸骨棘周囲に疼痛を訴える腰痛患者に片脚立位での寛骨傾斜角度の評価が有用であり,腰痛前傾群に対して寛骨傾斜角度を制御して片脚立位での重心動揺を減少させることが腰痛の改善につながる一要因と考える.