抄録
【目的】咽頭期嚥下の障害は主として神経系の障害に起因し,脳卒中後の機能障害として比較的高頻度に発生する.嚥下機能に関するスクリーニング法は幾つかあるが,その中でも,反復唾液飲みテスト(Repetitive Salvia Swallow Test;RSST)は一次的なスクリーニング法として比較的安全で妥当性も高く,臨床上頻繁に用いられている.しかしながら,RSSTの嚥下回数と神経機構の関連については言及されていない.本研究では,拡散テンソル画像を用い,嚥下に関係すると考えられている脳領域の拡散異方性(fractional anisotropy;FA)とみかけの拡散係数(apparent diffusion coefficient;ADC)を抽出し,RSSTの嚥下回数との関連について考察することを目的とした.【方法】対象は,F病院予防医学センターの脳ドック受診者で,27 〜75 歳(49.1 ± 8.53 歳)の健常成人48 名(男性37 名,女性11 名)とした.対象者は全例右利きで,頭部MRI画像に明らかな異常所見を認めないことを条件とした.RSSTは,椅子上の座位にて嚥下運動を30 秒間可能な限り反復して実施させ,嚥下運動時に起こる喉頭の挙上と下降運動を触診にて確認し,嚥下回数を計測した.MRIの撮像は放射線技師が行った.静磁場強度1.5TMRI(PHLIPS社製Achieva 1.5T)を用い,Single shot EPI,スライス厚3.6mm,FOV 224 × 224mm,画素128 × 128,b値=800,MPG傾斜磁場15 軸にて,拡散強調画像と拡散テンソル画像を撮像した.加えて,T1 強調画像,T2 強調画像を撮像した.その後,PHLIPS社製EXTENDED MR WORK SPACE R2.6.3.1 を用い,撮像されたT2 強調画像と拡散テンソル画像をFusionし,嚥下に関係すると考えられている脳領域(帯状束,内包前脚,内包膝,内包後脚,尾状核,被殻,視床,島)を関心領域として,FA値とADC値を抽出した.統計学的処理として,RSSTの嚥下回数と年齢,及び関心領域のFA値・ADC値について,Spearmanの順位相関係数を算出した.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,本大学の倫理審査委員会,及びF病院の倫理審査委員会の承認を受け,すべての対象者に研究の目的と方法を十分に説明し,同意を得たうえで行った.【結果】RSSTの嚥下回数は6.79 ± 2.35 回であり,年齢との間に関連は認められなかった.RSSTの嚥下回数と関心領域のFA値・ADC値との関連については,左側の島のADC値において,統計学的に有意な負の相関が認められた(r=−0.33, p<0.05).【考察】健常成人の加齢に伴うRSSTの嚥下回数の低下には,加齢による神経伝導速度の低下や輪状咽頭筋の柔軟性低下,喉頭の静止位置の低下等が影響すると推察されているが,その一方で加齢と嚥下反射の遅延は関連しないとする報告もあり,両者の関係は一定していない.本研究ではRSSTの嚥下回数と年齢との間に関連が認められなかったことから,RSSTの嚥下回数は加齢によって必ずしも低下せず,特定の脳領域の器質的変化が反映されている可能性が示唆された.本研究では左側の島のADC値がRSSTの嚥下回数と関連したが,島は味覚や中咽頭,食道,消化管の感覚を媒介するほか,一次運動野,一次感覚野,補足運動野,帯状回,上・中前頭回,上・下頭頂小葉と機能的に関連し,連続的な嚥下運動のために感覚と運動を統合させると考えられている.また,嚥下のf-MRI研究において,島の活性は嚥下に先行し,持続時間が長いことから,島は嚥下の運動計画に関係するとも考えられている.さらに,左右半球の機能分化に関しては,左側半球は口腔期などの随意的なコンポーネントを選択的に媒介すると考えられていることから,左側の島は随意的かつ連続的な唾液の嚥下というRSSTの課題特性に積極的に関与していると考えられる.これらのことから,左側の島のADC値の増加は,脳の何らかの器質的変化を反映している可能性があり,RSSTの嚥下回数に影響を及ぼしていることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】訪問リハビリテーションの普及に伴い,理学療法士が咽頭期嚥下に問題を抱える対象者と接する機会が増えている.一側性の微小な小梗塞でも損傷領域によっては嚥下障害を呈することが臨床的に認められていることから,RSSTの課題特性と神経機構との関連を理解することにより,誤嚥や誤嚥性肺炎に対するリクス管理の一助となると考える.