抄録
【はじめに、目的】 回復期脳卒中片麻痺患者において、歩行能力が改善していく中で適切な歩行自立の判断ができないと転倒事故が生じる、あるいは過度の転倒予防となり結果として活動を制限することになる。先に我々は、Berg balance scale(BBS)を用いて、回復期脳卒中片麻痺患者を対象とした歩行自立には47点以上必要という判断基準を報告した。認知機能低下が歩行自立の阻害因子であると多く報告されているが、先の基準値では認知機能の影響を考慮していなかった。一方で、前田らの歩行自立や転倒予測の判断基準の報告にあるように、認知機能のスクリーニング検査であるMMSEの有意な関連はみられていない。そこで、本研究の目的は、回復期脳卒中片麻痺患者を対象にBBSを用いて歩行自立度を判断する基準値を検討するとともに、認知機能低下の有無により基準値に差異が生じるかを検討し、臨床に適した判断指標を確立することである。【方法】 対象は、平成20年~24年に回復期病棟に入棟した脳卒中片麻痺患者226名のうち、検査の実施が困難となる意識障害、高次脳機能障害や認知症を著しく伴うものや検査への協力が得られないものを除外した222名(男性117名、女性105名、平均年齢73.1±10.1)である。疾患分類は、脳出血65名、脳梗塞157名。歩行自立度は、自立群(FIM7,6レベル)、非自立群(FIM5以下)の2群とした。退院時に、歩行自立度と機能評価としてBBS、MMSEと脳卒中包括的機能評価のSIASを測定し、以下の検討をした。(1)歩行自立度(従属変数)と、BBS、MMSE、SIAS(独立変数)との関連性を重回帰分析ステップワイズ法とロジスティック回帰分析により分析した。(2)歩行自立度を判断するBBSの基準値を、ROC曲線を用いて算出した。認知機能を考慮して、MMSE23点以上の群(Y群)、23点未満の群(N群)と群別し、各々基準値を算出した。統計学的解析は、全てSPSS for Windows 10を用いて行った。有意水準を5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、ヘルシンキ宣言の主旨に基づいて実施した。【結果】 歩行自立群は129名、平均年齢70.5±10.0、BBS51.6±4.9、MMSE25.0±4.5、非自立群は93名、平均年齢76.8±9.1、BBS28.6±14.2、MMSE20.3±6.5であった。歩行自立度の群間比較においては、BBS、MMSE、SIASともに有意差を認めた(p<0.01)。(1)関連性の分析:歩行自立度を従属変数とした重回帰分析ステップワイズ法の結果では、BBSのみ有意であり(p<0.01)、重相関係数0.756で寄与率57%であった。ロジスティク回帰分析の結果では、BBSのみ選択され、オッズ比も有意であった。有意に寄与する項目であったBBSを用いて基準値の検討を行った。(2)BBS基準値の検討:歩行自立を状態変数としたROC曲線において、Y群140名(自立群:101名、BBS51.4±5.1、非自立群:39名、BBS33.7±10.7)における基準値は、47点(感度89%、特異度97%)、N群82名(自立群:28名、BBS52.2±3.9、非自立群:54名、BBS24.9±15.3)における基準値も、同様に47点(感度96%、特異度96%)であった。【考察】 本研究において、BBSが歩行自立度を判断する機能評価項目として有意に寄与する関連性を認めた。Berg、Harrisらの先行研究において、各々高齢者、維持期脳卒中患者を対象に歩行自立度や転倒予測の指標としてBBSは有用とされ、その基準値は45点と報告されている。本研究は、回復期脳卒中片麻痺患者を対象として検討しており、47点が基準値として算出され、類似した結果を得た。また、認知機能低下を考慮してMMSE23/22で群分けしBBS基準値を検討したものの、自立にはいずれも47点以上必要という結果となり、認知機能による差異は見られなかった。前田らの転倒予測判断基準の報告と同様に、BBSによる自立度判断においては認知機能による影響が少ないことが考えられた。今回算出された基準値は、感度、特異度とも概ね90%以上の高値を示しており、信頼性の高い基準値と考えられる。回復期脳卒中片麻痺患者において、BBSは歩行自立度を判断する評価基準として有効であると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 回復期脳卒中片麻痺患者において、BBSは歩行自立度を判断する上で有用な評価項目であることが示唆された。BBSは簡便に評価できるため、臨床現場に適した判断基準といえる。また、適切な歩行自立度の判断する基準の一つとして活用することで、転倒事故の予防や過剰な活動制限を減らすことにつながる観点から臨床的意義は高いものと考えられる。