抄録
【目的】Stanford A型急性大動脈解離(AADA) の手術件数は手術手技,周術期管理の向上によって年々増加している.しかし,AADAは手術侵襲が大きく,複雑な病態を呈することから術後に多臓器に渡る合併症を生じやすいとされており,他の心大血管の術後患者と比較してリハビリテーション(リハ)の進行が遅延しやすいと報告されている.一方で近年,心大血管の術後の患者においてリハの進行に影響する因子についての報告が散見される.術後早期にリハの進行を予測することは,重症度に合わせたリハを実施するために重要であり,さらに目標設定を行う際に有益な情報になると考えられる.しかし,AADAの患者において術後のリハの進行を予測できる因子は十分に明らかとされていない.そこで,本研究はAADAの緊急手術後に歩行が自立した症例を対象に,リハが開始となる時点で得られる患者背景および周術期の因子に着目して,術後のリハの進行を予測できる因子を検討した.【方法】対象は,AADAの患者に対して緊急手術を施行後にリハの依頼があったうち,退院時に歩行が自立していた81例(平均年齢64±12歳,男性46%)とした.除外基準は,85歳以上の患者,術前から歩行が自立していなかった患者,術後に運動器および脳血管疾患を合併して歩行が困難であった患者とした.患者背景因子として年齢,性別,Body Mass Index,併存疾患の有無,喫煙の有無,大動脈解離の病型を調査した.また,周術期の因子として術前の意識レベル,術前の血圧,術前の血液検査所見,術式,手術時間,人工心肺時間,大動脈遮断時間,術中の出血量,術中の総水分バランス,偽腔の形態,Ulcer like projectionの有無,手術から24時間後の多臓器不全スコア(SOFAスコア)を調査した.さらに,術後のリハの進行状況の指標として術後に端座位を開始した日数,歩行を開始した日数,100m歩行が自立した日数を調査した.統計解析は,術後におけるリハの進行の目安とした100m歩行が,10日以内に自立した順調群(52例)と,11日以降に自立した遅延群(29例)に分類して,2群における患者背景因子,周術期の因子および術後のリハの進行状況の指標を比較した.2群間の比較は,対応の無いt検定,welch test,Fisherの直接法を用いて検討した.次に,AADA術後のリハの進行に影響する因子を検討するために,順調群と遅延群の比較で得られた有意な因子を独立変数,術後10日以内に100m歩行が自立するか否かを従属変数としたロジスティック回帰分析を行った.さらに,ロジスティック回帰分析から独立変数として抽出された項目について,術後10日以内に100m歩行が自立するか否かを予測するためのカットオフ値を求めた.カットオフ値の決定は,受信者動作特性曲線解離(ROC曲線)を用いて,感度および特異度が最もバランスよく高値を示す値とした.【倫理的配慮】本研究は静岡医療センターの倫理委員会の承認を受けており,対象者には本研究の意義を説明した(承認番号23-4).【結果】2群間の比較の結果,遅延群は順調群と比較して男性が有意に多く,さらに術前のクレアチニン値,手術時間,術中の出血量および手術から24時間後のSOFAスコアが有意に高値を認めた(それぞれ,p<0.05).ロジスティック回帰分析において,術後の100m歩行が自立した日数と関連する因子として,SOFAスコアのみが抽出された(オッズ比:2.39,95%CI:1.51‐3.77,p<0.001).また,ROC曲線を用いた検討では,術後のリハの進行を予測するSOFAスコアのカットオフ値は8点で感度73%,特異度94%,陽性的中率87%,陰性的中率85%であった.また,ROC曲線下面積は0.859(p<0.001)であった.【考察】SOFAスコアは,個々の臓器不全の重症度を一般的な検査結果から点数化し,その合計から多臓器不全の重症度を算出する評価法である.また,SOFAスコアは集中治療領域において簡便に評価可能であり,予後予測に有用であると報告されている.本研究では,AADAの患者において,術後のリハの進行と術後から24時間後のSOFAスコアに関連が認められ,さらにROC曲線から高い陽性および陰性的中率を得た.このことから,術後にSOFAスコアを評価することによって,リハの進行を高い精度で予測することが可能であると考えられた.【理学療法学研究としての意義】AADAの患者において,術後のSOFAスコアの評価によってリハの進行を高い精度で予測できることを明らかにしたことが,本研究の臨床的意義である.