抄録
【はじめに、目的】Timed up and go test(以下TUG)は世界的に利用されている歩行・バランスの評価指標である.理学療法診療ガイドライン第1 版においても,脳卒中者・虚弱高齢者を対象とした歩行能力評価指標としての推奨度は高い.しかし,日常生活に介助を要する虚弱高齢者での測定誤差は大きく,遂行時間の長い者では再現性・信頼性が乏しいとされている.また,実際の臨床場面では,測定値の変動が大きい者を認め,自身の能力を状況に応じ十分に発揮できてないことが予想される.しかし,その要因や意義を検討した報告は少ない.本研究では,歩行が見守り〜自立の方を対象として,TUGを反復測定した際の測定変動を分析し,それに影響を与える因子を検討することを目的とした.【方法】対象は当院入院患者で杖歩行または独歩が見守り〜自立で可能な者とした.対象は,脳卒中患者20 名,脊髄疾患患者3 名,運動器疾患患者9 名の計32 名(67.4 ± 9.4 歳,42—84 歳)である.指示理解が困難な者,耐久性が著明に低下している者は除外した.本研究でのTUG測定は最大速度にて実施した.TUGを3 回測定し,その最速・最遅値の幅(秒)を算出し,変動値と定義した.また,最速値/最遅値を変動率として定義した.変動値は大きい程,変動率は小さい程に変動が大きいこと示す.変動値・変動率と,年齢,発症および手術からTUG測定までの経過日数,日常生活場面での歩行自立度指標であるFunctional independent measure(以下FIM)の移動項目,バランス能力の指標である Berg balance scale(以下BBS),立ち上がり動作の流動性評価としてFluidity scale(以下FS)との関連性を検証した.また,脳卒中患者において,体幹機能評価のTrunk impairment scale(以下TIS)合計点と,Stroke impairment assessment set(以下SIAS)の麻痺側下肢運動・感覚機能項目の各合計点との関連性も検証した.全ての測定はTUG測定時より2 週間以内に行った.統計解析は統計解析ソフトDr.SPSS2 for Windowsを用いた.各変数の正規性の検定を行った後,TUG各測定回数間の比較にはFriedman検定, Wilcoxon符号付順位検定(Bonferroniの補正実施)を行った.また,各変数間の関連性の検討にはSpearmanの順位相関係数を用いた.有意水準は全て5%とした.【倫理的配慮、説明と同意】当院倫理審査委員会の承認の上,対象者には目的・方法を口頭および文書にて説明した後,同意を得た.【結果】TUG各測定において中央値(範囲)は,1 回目18.62 秒(5.69—63.24),2 回目16.41 秒(5.23—70.7),3 回目15.97 秒(5.33—55.94)であり,測定1 回目に比較して,2・3 回目は有意に測定時間の短縮を認めた(p<0.05).変動値・変動率の中央値(範囲)は1.79 秒(0.40—14.99),0.89(0.72—0.96)であり,両者間に有意な負の相関を認めた(rs=-0.82,p<0.01).変動値と各変数の相関はFIM(rs=-0.57,p<0.01) ,BBS (rs=-0.61,p<0.01),FS(rs=-0.65,p<0.01),TIS(rs=-0.47,p<0.05),SIAS下肢運動項目(rs=-0.48,p<0.05)の間に有意な負の相関を認めた.また,変動率とFIM(rs=0.37,p<0.05) ,FS(rs=0.47,p<0.01),TIS(rs=0.51,p<0.01)の間に有意な正の相関を認めた.変動値・率ともに年齢,経過日数,SIAS感覚項目との有意な相関は認められなかった.【考察】TUGの各測定間に有意差を認め,複数回測定による運動学習効果の影響が示唆された.本研究対象者の機能・能力は幅広い傾向にあったが,機能・能力低下を認める入院患者では評価時の能力発揮が安定していないことが示唆された.変動値・率ともにFIMと有意な相関を認め,日常生活場面で歩行自立度が高いほど,測定変動が減少することが示唆された。歩行自立者ほど,自主的な歩行機会(運動学習の機会)が多いことが予想される.また,変動値とBBS・FS,変動率とFSと有意な相関を認めたことより,バランス能力が高く,起立から歩き出しの重心移動が滑らかな者ほど,変動が生じにくいことが示唆された.脳卒中患者においては,変動値のみSIAS運動機能と,変動値・率ともにTISと有意な相関を認めた.麻痺下肢運動機能に加え,起立・歩行・方向転換・着座等の複合的な動作要素を含むTUGでは,体幹の複合的な機能が求められ,安定した能力発揮に重要と考えられる.体幹機能の向上を図ることで測定変動の減少に繋がるかどうかを今後,検討していく必要がある.一方,感覚機能との有意な関連性は認めず,感覚障害を有する方では,動作を慎重に行っており,動作パターンが一定化している結果かもしれない.【理学療法学研究としての意義】TUGは再現性・信頼性が高い評価指標である.しかし,本研究の結果を考慮すると,バランス能力や体幹機能の低下を認める者に対して利用する際には,理学療法士はその測定変動を含めて総合的に対象者を評価する必要がある.