抄録
【目的】当院では、後外側進入による人工股関節全置換術(以下 THA)が行われており、理学療法士は脱臼予防目的に、股関節屈曲・外転・外旋の複合動作の着脱方法を患者に指導している。我々はこれまで靴下着脱動作に関与する機能的因子について検討してきた。靴下着脱動作は上肢・体幹・下肢の全身の関節運動であり、特に体幹可動域は屈曲、側屈、回旋とさまざまな運動要素を含んでおり、これまでの我々の研究においても体幹可動域の影響を明らかにすることが課題であった。そこで本研究の目的は、患者の他動運動の体幹可動域(以下 他動ROM)と靴下着脱動作時の体幹可動域(以下 靴下ROM)を測定し、比較・検討することである。【方法】対象は2010年4月から2011年1月までにTHAを施行し対側股関節に高度の障害のない14名(平均年齢67.1±6.2歳)とした。靴下着脱方法は股関節屈曲・外転・外旋で行う長座位開排法(以下 長座位法)と端座位開排法(以下 端座位法)とした。他動ROMは日本整形外科学会と日本リハビリテーション学会が制定する関節可動域の測定法に準じた。但し体幹屈曲の他動ROMは別法として制定されている体前屈の脊柱彎曲を最大の角度とした。他動ROMと靴下ROMの測定機器及び方法は、屈曲はスパイナルマウスを使用し、Th1~Th12の上下椎体間が成す角度の総和を胸椎彎曲角、L1~L5の上下椎体間が成す角度の総和を腰椎彎曲角、仙骨と水平線が成す角度を仙骨傾斜角として計測し、胸腰椎の屈曲・仙骨後傾は正として表した。側屈はビデオカメラで撮影、2次元画像解析ソフト(Scion Image)を使用し測定した。回旋はゴニオメータを使用し測定した。靴下ROMは屈曲・側屈・回旋の複合的な関節可動域となることから、側屈・回旋については基本軸・移動軸それぞれを運動軸面に投影して測定した。解析は他動ROMと靴下ROMの屈曲・側屈・回旋それぞれを比で表し(靴下ROM/他動ROM)、またその関連をSpearmanの順位相関係数を用いて検討した。【説明と同意】本研究は、当大学倫理委員会の承認を得て、ヘルシンキ宣言に則り施行した。【結果】他動ROM、長座位法の靴下ROM、端座位法の靴下ROMの平均は胸椎彎曲角67.2±7.5°、54.9±12.1°、48.4±13.6°、腰椎彎曲角28.2±11.3°、27.2±14.6°、25.6±12.9°、仙骨傾斜角77.9±12.5°、63.9±10.6°、69.9±7.9°、側屈16.9±5.6°、2.9±1.9°、2.5±2.7°、回旋38.9±6.8°、14.3±7.0°、13.9±5.3°であった。他動ROMと長座位法の靴下ROMの比は胸椎彎曲角0.88、腰椎彎曲角0.96、仙骨傾斜角0.82、側屈0.17、回旋0.38であった。他動ROMと端座位法の靴下ROMの比は胸椎彎曲角0.77、腰椎彎曲角0.91、仙骨傾斜角0.89、側屈0.15、回旋0.36であった。他動ROMと長座位法の靴下ROMは胸椎彎曲角・腰椎彎曲角・仙骨傾斜角で相関を認め(rs=0.53・rs=0.67・rs=0.64、p<0.05)、他動ROMと端座位法の靴下ROMは胸椎彎曲角のみ相関を認めた(rs=0.58、p<0.05)。【考察】靴下着脱動作は手先を下肢遠位に到達させる上肢・体幹・下肢の全身の複合的な関節運動である。股関節可動域に制限のあるTHA後患者にとって、股関節可動域以外の身体的因子も重要と思われる。今回、靴下着脱動作の体幹可動域を測定し検討した。屈曲は他動ROMと靴下ROMとの比が高値であり、他動ROMと着脱肢位それぞれとの関連を検討したところ、長座位法はすべての項目で相関を認め、端座位法は胸椎彎曲角のみ相関を認めた。よって長座位法の屈曲は最大に近い体幹可動域を使用し、他動ROMに類似した屈曲が必要であると考えた。また端座位法は他動ROMとの比が高値であり屈曲の体幹可動域は重要であるが、股関節可動域制限のあるTHA後患者は下肢遠位への到達を下部体幹においてさまざまな方略で行っており、他動ROMとは異なった可動域を使用していると考えた。一方、側屈と回旋は靴下着脱肢位に関わらず、側屈の他動ROMと靴下ROMの比が0.15~0.17、回旋の他動ROMと靴下ROMの比が0.36~0.38であり、屈曲の比と比較すると低値であることから、THA後患者の靴下着脱動作ではあまり使用していないことが確認された。THA後患者が靴下着脱を容易に行うためには屈曲の体幹可動域は重要であり、理学療法プログラムとして積極的に行っていく必要があると考えた。【理学療法学研究としての意義】THA後患者の靴下着脱動作は日常頻回であり、最も自立を望む動作の一つである。靴下着脱を達成するためには、理学療法プログラムとして屈曲の体幹可動域練習は重要であると考えた。