抄録
【はじめに、目的】アーチェリー選手は弓を引く動作を反復することで肩関節痛を生じ,競技を行ううえで問題となる.スポーツ選手の肩関節痛の原因として,肩関節インピンジメント症候群(Shoulder Impingement Syndrome:SIS)が最も多いと報告されている(Jobeら,2000).Mannら(1990)は死体の肩関節にてアーチェリーの射的動作である内旋,屈曲,水平伸展運動を行うと棘上筋と上腕二頭筋長頭腱が烏口肩峰アーチに接触することを確認した.そのため,筆者らは肩峰下でインピンジメントが生じるSISを有するアーチェリー選手は射的動作で水平伸展運動にて疼痛が増悪する可能性があると考えた.しかし,SISを有するアーチェリー選手の射的フォームに関して肩関節の筋活動や関節角度を分析した報告はみあたらない. 本研究はSISを有するアーチェリー選手の射的動作時における肩関節周囲筋筋活動と上肢関節角度を健常な選手と比較し,違いを明らかにすることを目的とした.仮説としてはSISを有するアーチェリー選手では肩関節の水平伸展角度が小さく,三角筋後部線維の筋活動が低くなるとした.【方法】対象は男性アーチェリー選手30名とした.平均年齢17.6±1.7歳,身長169.9±3.7cm,体重61.2±9.2kg,BMI 21.2±3.4kg/m2であった.30名のうち,インピンジメントテストにて陽性となった7名をSIS群とし,残り23名から無作為に抽出した7名を健常群とした.課題動作は2m前方の的に向かい5射の射的を行うこととした.射的する直前の弓を最も大きく引いている時期の肩関節水平伸展,肘関節屈曲角度と,三角筋後部線維,上腕二頭筋,上腕三頭筋の筋活動量を表面筋電計(追坂電子機器社)を用いて測定した.反射マーカーをC7,右肩峰,右上腕骨外側上顆,撓骨茎状突起に貼り付け,5台のハイスピードカメラ(4 assist社)にて撮影した.得られた画像を動作解析ソフト(Dipp-motion XD,DITECT社)にて,3次元動作解析を行い肩関節水平伸展角度,肘関節屈曲角度を算出した.筋活動量の分析は矢を射る前1秒間の筋活動の積分値を解析に使用した.各筋の最大等尺性収縮で正規化し,%MVCで算出した.統計学的分析は対応のないt検定を使用し,関節角度と各筋の筋活動量を健常群とSIS群で比較した.危険率は5%未満を有意とした.【倫理的配慮、説明と同意】全対象に本研究の趣旨と方法を十分に説明し,書面にて同意を得た.なお,本研究は広島大学大学院保健学研究科心身機能生活制御科学講座倫理委員会の承認を得て行った(承認番号1172).【結果】肩関節水平伸展角度は健常群で152.2±6.1°,SIS群で138.2±16.8°となりSIS群の方が有意に小さい値を示した(p<0.05).肘関節屈曲角度は健常群で140.4±4.0°,SIS群で138.0±5.2°となり両群間に有意な差を認めなかった.三角筋後部線維の筋活動量は健常群で97.4±31.4%MVC,SIS群で112.5±42.6%MVCとなり両群間に有意な差を認めなかった.上腕二頭筋の筋活動量は健常群で38.0±29.1%MVC,SIS群で38.8±11.1%MVCとなり両群間に有意な差を認めなかった.上腕三頭筋の筋活動量は健常群で9.7±6.8%MVC,SIS群で20.7±14.2%MVCとなり両群間に有意な差を認めなかった.【考察】本研究の仮説通り,SISを有するアーチェリー選手は射的動作時の肩関節水平伸展角度が小さくなることが示された.Hawkins(1983)は,肩関節屈曲動作に内旋が加わることで烏口肩峰アーチ下のスペースが狭くなることを示している.アーチェリーの射的動作はSISが生じやすい肩関節挙上,内旋位から水平伸展運動を行う.そのため,SIS群はインピンジメントが生じる運動を避けるため,結果として肩関節水平伸展運動を減少させている可能性があると考える.射的動作は肩関節の水平伸展を行う動作であり,三角筋後部の働きが重要である(Leroyerら,1993).本研究でも三角筋後部線維の筋活動は100%MVC程度で,両群共に強い活動を示しているが,SIS群と健常群に差を認めなかった.活動量が同等にもかかわらず肩関節水平伸展角度に差が生じている理由として,SIS群の三角筋後部線維の筋力が低下している可能性が考えられる.今後は三角筋後部線維の筋力値も比較することで,SISを有するアーチェリー選手の射的フォームをさらに検討していきたい.【理学療法学研究としての意義】SISを有するアーチェリー選手の射的フォームの特徴を捉えることで,実際のスポーツ現場でのインピンジメントの予防や改善を促すような指導が可能になる.本研究においてSIS群の射的フォームの特徴を見出したことは理学療法等の発展のために意義がある.