抄録
【はじめに】 近年欧米では、医療・公衆衛生分野において費用対効果分析に基づく政策的意志決定が行われており、特にイギリスでは、公的医療制度の対象となる新たな医薬品等を導入する際に、質調整生存年(quality adjusted life years: 以下、QALYs)を用いた費用対効果の結果が考慮されている。QALYsは、効用値X生存年数で算出される。効用値はvalue-based medicine(VBM)で用いられるQuality of Life(以下、QOL)の指標であり、医療によって得られる患者の満足度や都合・不都合を総合的に判断し数値化したものである。すなわちQOLの改善や治療後の早期社会復帰を目的としたリハビリテーション(以下、リハビリ)は、特に多大な公的資源の投入が必要となる同種造血幹細胞移植(以下、同種移植)において、費用対効果の改善をもたらす介入手段となり得る。当院では、同種移植を行う患者に対し積極的にリハビリ介入を行っており、また健康関連QOLの包括尺度であるMedical Outcome Study-Short Form 36(以下、SF-36)の評価も介入の前後で併せて行っている。 そこで本研究では、将来QALYsの算出も念頭に、リハビリ介入を行った同種移植患者における直接医療費およびSF-36の結果を、まずは費用対効果が大きく異なると予想される移植後社会復帰群と非復帰群とで比較した。【方法】 対象は、2007年1月から2012年1月までの間に、当院にて入院中リハビリ介入を行った同種移植患者57名(男性31名、女性26名、年齢中央値 51(26-66)歳)。対象を社会復帰群(31名)と非復帰群(26名、死亡を含む)の2群に分け、以下の評価項目について比較・検討を行った。尚、本研究では「社会復帰」の定義を、1.仕事(学業)復帰される、2.疾患発症前とほぼ同様の家庭(日常)生活が営め、社会貢献が可能な状態となる、3.結婚あるいは妊娠・出産される、とした。評価項目は、直接医療費として、同種移植を行った入院から退院までの費用、退院から移植1年後、移植1年後から2年目までの外来・再入院費用、もしくは死亡日までの費用をそれぞれ算出した。またQOLの指標として、入院時、移植後好中球生着時、退院時、移植1年後、移植2年後それぞれにおけるSF-36を評価した。統計解析は、unpaired t検定を用い、5%未満を統計学的有意とした。【説明と同意】 本研究への参加には、研究の目的・方法および個人情報の保護について説明、同意を得た。【結果】 社会復帰群と非復帰群との直接医療費の比較では、入院費用(p=0.0027)、退院から移植1年後までの費用(p=0.0538)、移植1年後から2年目までの費用(p=0.004)いずれにおいても、社会復帰群で抑制されていた。SF-36の測定結果については、移植前の「身体機能(以下、PF)」の平均値が、社会復帰群 78.4点、非復帰群 63.1点と、社会復帰群で有意に高得点であった(p=0.0086)。また、社会復帰群では、移植後一旦低下したPFおよび「心の健康(以下、MH)」の平均値が、退院から移植1年後までの早期の間に、それぞれ移植前の平均値以上にまで有意な改善が認められた(PF: p=0.0107, MH: p=0.0004)。【考察】 直接医療費が抑制され、かつ移植後早期にQOLの改善が期待される社会復帰群での結果より、長期予後が期待できる造血器疾患の患者に対して、移植前後の早期から積極的にリハビリ介入を行うことは、より高い費用対効果をもたらす可能性がある。【理学療法学研究としての意義】 リハビリ領域において、医療経済的側面からその効果を検証した報告は非常に少ない。多大な医療資源の投入が必要となる同種移植において、リハビリ介入により多少なりとも費用対効果の改善が期待できることは、昨今の厳しい医療経済情勢下では、非常に意義のあることと考えられる。