抄録
【はじめに、目的】厚生労働省は、平成14年に「医療安全推進総合対策」を発表した。その中には、「医療事故が発生する背景には、同じ要因に基づいているが事故には至らなかったヒヤリハット事例が存在すると考えられており、これらの事例を収集・分析することは、事故の予防対策を考える上で有効である。」と述べている。更に、「新人研修では、卒業前教育を踏まえ、個々の業務を安全に遂行するための具体的な知識や技術を修得させるとともに、チームの一員として業務を遂行する能力を身につける必要がある。」と記載されている。当院でも事故防止とともに現状のリハビリテーション部理学療法課(以下、PT課)での問題点などを把握する目的でヒヤリハット報告書(以下、報告書)の提出を行っており、平成22年度から1~3年目(以下、新人)を対象として、医療事故に対する意識を高める目的で医療にかかわるリスク管理について研修を行っている。今回、平成19年度から平成23年度までに在籍していたPT課全スタッフから提出された、報告書件数、事故件数を調査し、更に新人のみが提出した報告書を調査し、当院PT課で行っている新人研修の有用性等について検討した。【方法】スタッフ数は平成19年度が24名(新人数10名)、平成20年度が27名(13名)、平成21年度が32名(14名)、平成22年度が38名(14名)、平成23年度が45名(16名)を対象とした。平成19年度から平成23年度に提出されたPT課における報告書をリスク管理教育実施前の平成21年度までに新人が提出したもの(以下、未実施群)と、実施後の平成22年度以降に新人が提出したもの(以下、実施群)に分けた。未実施群は12.3±2.1名、実施群は15.0±1.4名で有意差は認められなかった。スタッフ数による差がないことを確認し、報告書件数の比較を行った。統計学的検討はt検定を用い5%未満を有意水準とした。更に、報告書総件数と事故件数、スタッフ数と報告書総件数、スタッフ数と事故件数について相関を検討した。解析はSPSS(Ver11.0)を使用し、分析を行った。【倫理的配慮、説明と同意】データ収集に関しては、後方視的研究である為、提出された報告書、事故報告書は、個人が特定できないように、番号を割り付け、匿名化を行い、データの扱いには細心の注意を払った。【結果】報告書総件数は平成19年度が12件(新人が10件)、平成20年度が7件(5件)、平成21年度が11件(10件)、平成22年度が21件(16件)、平成23年度が73件(38件)であった。事故発生件数は、平成19年度が10件、平成20年10件、平成21年度が15件、平成22年度が10件、平成23年度が5件であった。未実施群の報告書件数は8.3±2.9件、実施群は27.0±15.6件となり、有意確率は0.001と有意差を認めた。報告書総件数と事故件数については-0.8と負の相関を認め、スタッフ数と報告書総件数については0.85と正の相関を認めた。スタッフ数と事故件数については-0.54と負の相関を認めた。【考察】当院では平成22年度からの新人研修として、理学療法に関わる知識・技術だけでなく、一人の医療従事者として、医療におけるリスク管理や報告書の重要性、危険予測トレーニングなどの内容を週1回約半年間実施している。その結果、医療事故に対する意識が高まり、実施群の報告書が有意に多くなったと考えられる。PT課では、提出された報告書を全スタッフにメールで配信し、すぐに全員で共有できるようなシステムとなっている。新人が積極的に気付いた事を、報告書として提出することで、4年目以降のヒヤリハットに対する意識が高くなり、報告書も徐々に増えているのではないかと考える。ハインリッヒの法則では「1件の重大災害(死亡・重傷)が発生する背景に、29件の軽傷事故と300件のヒヤリハットがある。」と述べられている。スタッフ数の増加に伴い、報告書が増えており、報告書が増えることで、事故に至るまでに対策が講じられ、事故件数が減少しているのではないかと考える。【理学療法学研究としての意義】「医療安全推進総合対策」では「新人に対する医療安全に係る研修は重視されるべきである。」とされている。養成校では理学療法に関わる事を中心に教育されるが、一人の医療従事者として医療安全についての教育は少なく、卒業後、医療チームの一員として業務を遂行する為には必要不可欠だと考える。今後も、新人研修では、理学療法の知識・技術だけではなく、医療安全についての研修も取り入れていくことが重要だと考える。