抄録
【はじめに、目的】養成校の増加や社会情勢の変化に伴い、理学療法士の雇用環境や需給バランスは不安定となり、求人も相対的に減少傾向に向くことが予想されている。学生の就職活動では、リアリティショックによる早期離職予防の観点から安易な就職先の決定は避けるべきであり、キャリア形成の援助は慎重に行う必要がある。学生への就職指導は分野や条件など個別の価値観に左右されるところが大きく、画一的に実施することができない。本校では就職先の選定に際し、どのようなことに重きを置くか明確にするため、Edgar H.Scheinにより開発されたキャリア指向質問票を用い就職指導の一助としている。我々の先行研究では、臨床実習前の学生は、キャリア(就職先)へのニーズと個人の生活との調和、社会貢献の機会に価値を見出していた。経験上、臨床実習後に就職希望先が変化する学生も多く、今回は臨床実習前後で価値観に変化があるか、就職方略の一助を得るべく調査を行ったので報告する。【方法】理学療法学科3年生26名を対象とした。学生の価値観については、Edgar H.Scheinにより開発されたキャリア指向質問票40項目を用いた。質問は価値観に対する8つのカテゴリー、各5問で構成され、個人の持つキャリアに対する動機や価値観についての質問を、「全くそう思わない=1」から「全くその通りだと思う=6」の6段階にて共感度を指数化する。さらに、非常に強く共感した質問を3つ選択し4を加算する。それらすべてをカテゴリーごとに合算し平均を求め、最も高い数値を示したカテゴリーが、キャリアに対する犠牲にしたくない自身の価値観(キャリアアンカー)となる。この手続きにて得られた個人の価値観、各カテゴリーの共感度を臨床実習前後にて比較し検討を行った。なお、統計学的処理はSPSS.Ver16にて5%未満を有意水準とし、χ二乗検定およびwilcoxonの符号付順位検定を用いた。【倫理的配慮、説明と同意】対象となる学生へは学内承認のもと、口頭および書面にて説明し同意を得た上で実施した。【結果】臨床実習後の学生の価値観は「特定専門」3名「総合管理」0名「自由自律」2名「安全安定」0名「創意創業」0名「奉仕貢献」5名「挑戦克服」1名「生活様式」15名であった。全体の傾向としては、生活の調和と自身をどう成長させるかという「生活様式」に価値観を持つ学生が有意に多かった。臨床実習前との比較では他の項目に変化はなく、社会貢献の機会に価値を見出す「奉仕貢献」が減少していた。(p<0.05)各カテゴリーの比較では、組織の業績向上に価値を見出す「総合管理」、仕事上の複雑な状況に挑戦することに価値を見出す「挑戦克服」について、実習後で有意に共感度が減少していた。(p<0.05)【考察】臨床実習後の学生は、生活との調和と自分自身の成長をどの様に成長させることに重きを置く者が増加する結果となった。臨床実習は長期間にわたり、実習先である施設の一員として参加することとなり、学習すべき専門的な内容はもちろんのこと、業務全般の見聞や体験をする。理学療法士の業務は診療のみならず付帯的業務を実施し、さらに専門職として能力開発も求められる。臨床実習では理学療法士が業務終了後に新人研修や、自主的な研鑽活動に時間を割いている姿も目にする機会も多いと考えられる。これらのことから学生は、自身が就業した時の生活と仕事に必要な時間が明確となり、社会貢献よりも現実的な生活との調和に重きを置く結果となったと考えられた。また、各カテゴリーの変化で管理全般については、組織の一員として管理職の業務の一端を見聞し、診療以上に管理業務にウエイトが置かれる立場が共感度を下げる一要因として考えられた。問題解決への挑戦については、臨床実習での学生の問題解決は高度な洞察・類推を要し、課題が残されたことで自己効力感が十分に得られず、挑戦にすること対し共感度が低下したと推察された。以上のことから、臨床実習は疑似的就労体験から理学療法士の就労イメージをより現実的なものに変化させ、学生の就業に対する価値観に影響を与えたと推察された。また、価値観は対象者のキャリアに応じ発達し、概ね10年程度で確立するといわれており、継続的な発達過程の把握や変化に応じたキャリアサポートが今後の課題とされた。【理学療法学研究としての意義】近年は社会情勢の変化により「働き方」が多様化している。理学療法業界も若年層が大半を占め、ライフステージの変化に応じキャリアを継続的に支援できるシステムの構築が急務である。就労における個々の価値観は確立までに期間を要し、その発達過程の把握から方略を検討することは意義のあることといえる。