抄録
【はじめに、目的】歩容や歩行速度の改善を目指す理学療法では,その対象者の歩行を分析する事が重要となる.その分析によって問題点を抽出し,理学療法プログラムを立案しているが,問題点の抽出のために比較として用いられる歩行データの多くは,至適歩行速度で行われたものである.しかしながら,歩行に障がいをもつ対象者の歩行速度は低速度になるため,至適歩行速度ではなく,低速度のデータと比較する必要があるが,その低速度歩行の運動学的動作分析に関する研究は不十分である.そこで,本研究の目的は,基礎的なデータとして,健常者を対象とした低速度での運動学的歩行分析を行い,その特徴を明確化することとした.【方法】対象者は,歩行を制限する整形外科的疾患等の既往や徴候を有しない健常大学生27 人(平均年齢19.5 ± 1.3 歳,平均身長165.7 ± 8.3cm,平均体重60.8 ± 11.3kg)とした.歩行分析は,6 台の赤外線カメラを有する3 次元動作解析装置(ローカス3D MA-5000:アニマ社製)を用いて行った.尚,サンプリング周波数は100Hzとした.測定は,歩行速度を150・125・100・75・50・25cm/secの6 条件とし,それぞれ± 5cm/secの範囲で歩行出来るよう練習を行った後,実施した.各歩行条件に対して,3 次元動作解析装置の空間座標データから歩幅,ケーデンス,各関節(股関節・膝関節・足関節)の関節角度値を算出した.関節角度値に関しては,それぞれのピーク値を測定項目とした.各項目の統計学的処理は,1 元配置分散分析によって行った.また,有意差がある項目についてはその後の検定としてtukeyの多重比較検定を行った.有意水準は,p<0.05 とした.【倫理的配慮、説明と同意】対象者に対して,本研究の目的,内容,予測される危険性などを説明したうえで,本研究に参加することの同意を書面にて取得した.また,本研究は,東北文化学園大学研究倫理審査委員会にて承認を受け実施した(承認番号第11-20 号).【結果】歩幅とケーデンスは,低速になるほど有意に小さい結果となった.歩行比では,50・25cm/secが他の速度と比較し,有意に大きい結果となった.関節角度値の結果では,股関節で,低速になるほど立脚終期の伸展ピーク値と,遊脚期の屈曲ピーク値が有意に小さくなった.膝関節では,低速になるほど立脚初期と遊脚期の屈曲ピーク値が有意に小さい結果となった.足関節では,低速になるほど立脚終期の底屈ピーク値は有意に小さくなったが,立脚中期の背屈ピーク値に速度による違いは認められなかった.【考察】本研究結果より,低速度歩行になるにつれ歩幅とケーデンスが共に減少した.これは先行研究の結果と一致しており,低速になる程下肢を大きく振り出さずに歩行していることが示唆された.この事は,各関節角度のピーク値の結果からも確認できる.立脚期の股関節伸展や遊脚期の股関節屈曲は,歩幅の延長により角度が増加する.よって,歩幅が小さくなる低速度歩行では,それらが有意に減少したと考える.また,立脚初期の膝関節屈曲ピーク値は,低速度歩行で有意に減少した.この膝関節屈曲ピーク値は,ヒールコンタクト時の衝撃を吸収する役割がある.しかし,低速度歩行では,衝撃が減少するため,屈曲ピーク値が有意に減少したと考える.足関節では,立脚終期の底屈ピーク値は有意に小さくなった.これは,歩行速度の低下に伴う歩幅の低下によって,体重心を持ち上げる必要がなくなったためと考える.【理学療法学研究としての意義】本研究により,低速度歩行時の運動学的特徴が明らかとなった.今後,臨床場面において,本研究結果をもとに,歩行に障がいを持つ対象者の歩行分析を行う事で,より深い見解が得られると考える.また,それにより,より適当な歩行指導方法の提案を行う事が可能で,本研究がさらに効果的な理学療法を行う上での一助となるものと考える.