抄録
【はじめに、目的】 ACL損傷例の歩行で,膝関節屈曲伸展を抑制し不安定性を防止するStiffening Strategyが知られている.我々はStiffening Strategyが,矢状面のみでなく,水平面での脛骨回旋運動にも作用すると予測したが,半月板損傷を伴うACL損傷例では,脛骨内旋運動がむしろ大きい傾向にあった.そのため,ACL損傷例の脛骨回旋運動は,ACLのみでなく半月板損傷による影響も大きいと推察した. 半月板は脛骨回旋に関する二次的な制動を果たすとされている.半月板切除術後において,膝関節機能が低下することが指摘されており,脛骨回旋制動も低下することが予測される. そこで,今回,半月板損傷の有無がACL再建術後の歩行においても影響を与えるのではないかと考え,ACL単独再建群(ACL群)とACL再建に半月板部分切除を伴う群(M+ACL群)の歩行時の膝関節屈曲伸展運動と脛骨回旋運動を比較し,ACL再建術に伴う半月板部分切除の有無が歩行に与える影響について明らかにすることを目的とした.【方法】 ACL群4名4膝(年齢27.0±10.6歳,女性4名),M+ACL群4名4膝(年齢19.0±5.4歳,男性3名・女性1名),コントロール群として健常者4名8膝(年齢23.0±1.4歳,男性2名・女性2名)を対象とした.計測は,体表に反射マーカー36点を貼付し,三次元動作解析システムVICON MXを用いて行った.計測前に数回の練習を行った後,自由速度の歩行を3回施行した.計測したマーカー位置よりAndriacchiらのPCTを用いて膝関節屈曲伸展角度,脛骨内外旋角度を計算し,静止立位角度により補正した.屈曲伸展角度に関しては,立脚初期から中期における屈曲ピーク値と立脚期中期の伸展ピーク値の差を算出し,屈伸変化量とした.脛骨内外旋角度に関しては,踵接地時の内旋角度と立脚中期の内旋ピーク値の差を算出し,内旋変化量とした.術前,術後1カ月,術後3カ月のACL群,M+ACL群とコントロール群の屈伸変化量,内旋変化量を比較した.統計学的解析にはKruskal Wallis H-testを用いた(p<0.05).【倫理的配慮、説明と同意】 国際医療福祉大学三田病院倫理委員会の承認を受け,対象者に充分な説明を行い,同意を得て実施した.【結果】 屈伸変化量は,術前後ともにACL群(術前;11.3±5.2度,術後1カ月;8.5±5.0度,術後3カ月;7.3±3.0度),M+ACL群(術前;12.6±8.1度,術後1カ月;10.6±9.1度,術後3カ月;13.2±3.9度)がコントロール群(19.3±6.0度)と比較し有意に小さかった(p<0.05). 内旋変化量は,術前後ともにM+ACL群(術前;16.5±3.4度,術後1カ月;16.2±4.2度,術後3カ月;15.2±2.1度)が ACL群(術前;10.1±1.6度,術後1カ月;11.3±2.4度,術後3カ月;10.2±1.7度), コントロール群(9.8±3.3度)と比較し有意に大きかった(p<0.05).【考察】 本研究では,ACL群,M+ACL群は術前後とも屈伸変化量が小さい傾向を認めた.術前のACL損傷例の歩行では,Stiffening Strategyをとることが知られているが,今回,術後の大腿四頭筋の筋萎縮による筋力低下やACLへの過度のストレスに対する逃避行動として,術後にもStiffening Strategyが継続したのではないかと考えられる. また,M+ACL群は術前後ともACL群,コントロール群より脛骨内旋変化量が大きい傾向を認めた.半月板は衝撃吸収や荷重分散,膝関節安定性などの機能があげられるが,半月板切除後には,その機能が十分に果たせなくなることが考えられる.そのため,ACL群ではACLの再建により脛骨回旋運動を抑制することができたが,M+ACL群では脛骨内旋運動を制動する機能が低下し,脛骨内旋変化量が大きかったと考える.樋口らは半月板切除術後,良好な臨床成績が示されたが,長期経過では変形性膝関節症が進行すると報告している.本研究において,M+ACL群の脛骨内旋運動が大きい傾向にあったことは,短期的な膝関節不安定性だけでなく,長期的な変形性膝関節症への考慮もM+ACL群では重要であることを示唆している. 一方,Loganらは若く,活動性の高いhigh-demandな症例では積極的に半月板縫合術を行うべきと報告している.しかし,半月板縫合術では切除術に比較し,運動復帰に長期間を要することや縫合後の再損傷などの問題点があげられる.本研究では,ACL単独損傷群とACL再建に半月板部分切除を伴う群との比較であったため,今後,半月板縫合例との比較が重要となってくると考えられる. また,長谷川らはACL再建術後3カ月では筋力低下や動作に対する不安により安定した歩行状態ではなく,術後12カ月以降でより典型的な術後変化を示すと報告している.そのため,今後はACL再建術後の歩行を経時的に検討していく必要性があると考える.【理学療法学研究としての意義】 脛骨の過度な内旋運動は,再建靭帯の過緊張や将来的な変形性膝関節症のリスクにもつながるため,今後も経時的に分析を進め,靱帯再建後の理学療法へつなげていく.