抄録
【はじめに、目的】これまでの脳卒中spasticity研究は、ヒト脳卒中患者を用いた電気生理学的研究が行われ、その結果脊髄alpha運動神経細胞の興奮性増大(Higashi et al. Arch Phys Med Rehabil. 2001)、相反性Ia抑制の減弱(Kagamihara et al. J Clin Neurophysiol. 2005)などの報告があるのみで、動物モデルがないことから病態機序の解明が遅れている。そこで本研究では、新たに脳卒中後spasticity発症マウスを確立することを目的とした。【方法】マウス脳卒中は、大脳皮質吻側および尾側上肢運動領域だけを特異的に虚血させることで作成し、Hoffman反射のRate Dependent Depressionを用いてspasticity測定を試みた。Rate-Dependent Depressionは一般的にspasticity測定に使用され、刺激頻度依存的減弱するHoffman 反射が痙縮によってその減弱が弱化することで評価する。尺骨神経に電気刺激(刺激頻度0.1, 0.5, 1, 2, 5 Hz、各23 回刺激)を行い、Hoffman 反射の記録を小指外転筋で行った。さらに、脊髄alpha運動神経細胞の興奮性の増大を確認するために、逆行性トレーサーを用いて小指外転筋を支配する運動神経細胞を標識し、レーザーマイクロダイセクションによって標識運動神経細胞だけを採取し、活動依存的に発現が増加するc-fosやコリンアセチル転移酵素のmRNA発現変化をreal time RT-PCRによって解析した。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は名古屋大学動物実験委員会の承認を得て、名古屋大学における実験動物などに関する取扱規定を遵守し、実施した。【結果】脳卒中麻痺側小指外転筋の刺激頻度5 HzにおけるRate Dependent Depressionは、損傷後3 週間をのぞく3 日から8 週間で有意に弱化していた(P < 0.01)。real time RT-PCRの結果、神経活動依存的に発現増加するc-fos発現量は、脳卒中マウスの脊髄運動神経細胞で有意に発現が増加しており(P < 0.01)、さらにコリンアセチル転移酵素のmRNA発現も脳卒中後の脊髄運動神経細胞で有意に発現増加が確認された(P < 0.01)。【考察】本研究は、マウス大脳皮質吻側および尾側上肢運動領域損傷後、Hoffman反射のRate Dependent Depressionの弱化および、脊髄運動神経細胞の活動性亢進を確認できたことから、脳卒中マウスでspasticity発症を確認した初めての研究である。またコリンアセチル転移酵素mRNAの発現増加により神経筋接合部の神経伝達物質であるアセチルコリンの合成量の増加が推測される。今後、脳卒中後の骨格筋の可塑的変化についても解析を検討している。【理学療法学研究としての意義】脳卒中後のspasticity出現割合は約4 割に上るが、有効な薬やリハビリテーション治療がないのが現状である(Urban et al. Stroke. 2010)。運動機能回復の大きな妨げとなっているspasticityの機序解明は、spasticity出現率を下げるだけでなく、脳卒中後の運動機能回復効果も期待できる。我々は脳卒中後spasticity発症マウス確立に続き、spasticity発症機序の解明に向けた研究を進めており、spasticityで苦しむ脳卒中患者に還元できる効果的なリハビリテーション治療方法の確立を目指している。