抄録
【はじめに、目的】近年、人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty;以下、THA)では、術後プロトコルの短縮化により早期の歩行獲得や退院が可能になった反面、十分な運動機能や歩行能力を獲得できていない状況で退院に至っているという報告もある。そのような中で、術後早期からより効果的な歩行能力の改善に取り組む必要があり、歩行の特徴の理解が求められる。そこで本研究の目的は、術前および術後早期のTHA患者の股関節を3軸で定量的に評価し、術前後での変化や健常者との比較、股関節との相互関係が大きいとされる骨盤運動との関連、さらに歩行能力への影響を調査することである。【方法】対象は、THA患者が男性1名、女性13名(年齢65.9±8.7歳)、健常者が男性5名、女性5名(年齢32.7±3.8歳)、それぞれ両側股関節、骨盤とした。THA患者は、変形性股関節症に対して片側THAを実施し股関節以外に疾患を有さないものとし、健常者は整形外科的および神経学的疾患を有さないものとした。THA患者の評価は、術前日(以下、術前)と術後35日(以下、術後5週)に実施した。測定機器は3軸加速度・3軸角速度計内蔵無線動作角度計システム(Microstone社製MVP-RF8、MVP-DA2-S、Sampling rate 200Hz;以下、センサー)を使用した。センサー貼付位置は、股関節運動の測定を大転子直上(基本軸)と大腿骨外側上顆(移動軸)、骨盤運動の測定を第3腰椎部(基本軸)と上前腸骨棘(移動軸)とした。歩行環境は裸足、快適速度の通常歩行とし、10m歩行を3回計測した。動作角度の算出には、無線動作角度解析ウェアからCSVファイルに変換されたデータをグラフ化し、最初の数秒を除き再現性のある安定した波形と判断できたものを使用した。また、補正重複歩長(重複歩/(身長/平均身長);以下、重複歩)、歩行速度(m/sec)を測定した。算出された股関節の3方向の運動は、術前・術後5週間、患者健常者間で比較した。また、股関節の運動と密接に関係する骨盤運動、さらに歩行能力の指標として歩行速度、重複歩との相関関係を求めた。統計解析には、各変数の正規性の検定を行ったうえで、2群の比較には対応のあるもしくは対応のないt検定を、2群の関係にはpearsonの積率相関係数を用い、有意水準を5%として検討した。【倫理的配慮、説明と同意】ヘルシンキ宣言に基づき、参加の任意性と同意撤回の自由、プライバシー保護について十分な説明を行い署名にて同意を得た。【結果】THA患者の股関節は、術前・術後5週の順に患側は、矢状面(Sagittal plane;以下、SP)16.0±7.3・24.4±4.5、水平面(Horizontal Plane;以下、HP)12.18±6.2・15.8±5.0、前額面(Coronal Plane;以下、CP)9.6±4.4・9.0±3.6であった。健側は、SP39.8±11.4・35.2±7.4、HP18.3±9.6・18.4±6.9、CP11.8±6.3・11.0±5.6であった。健常者では、SP25.3±5.1、HP21.5±7.2、CP15.0±4.4であった。術前と術後5週の比較では、術側でSPが術後5週で有意に拡大し(P< .01)、HP、CP、非術側では有意差がなかった。THA患者と健常者の比較は、術前ではTHA患者が術側で3方向において有意に小さく(p< .01)、非術側ではSPで有意に大きく(p< .01)、HP、CPでは差を認めなかった。術後5週では、THA患者が術側ではSPで差がなく、HP、CPで有意に小さく(p<.05)、非術側では術前同様にSPで大きく(p< .01)、HP、CPで有意差はなかった。股関節運動と重複歩の関係は、術前では有意差はなく、術後5週では、術側HPで有意な正相関が認められた(r= .65、p< .01)。THA患者の歩行速度と股関節の関係は、術前では術側の3方向と歩行速度で有意な正相関が認められた(SP;r= .67、p< .01、HP;r= .55、p< .05、CP;r= .52、p<.05)。また、術後5週においては術側のHPのみ歩行速度と有意な正相関が認められた(r= .83、p< .01)。また、骨盤と股関節の関係は術前では有意差がなく、5週では骨盤、股関節の順序で、術側HPと術側HP(r= .54、p= .03)、健側CPと術側CP(r= .55、p= .02)、術側CPと健側CP(r= .54、p= .03)で有意な正相関が認められた。【考察】今回の結果から、THA後術側股関節ではSPでの改善は比較的早期から認められるものの、HP、CPでの運動の改善が遅延しやすく、術後5週で健常者よりも有意に小さい結果となった。また、股関節HPの運動は、骨盤HPでの運動と関連し、重複歩や歩行速度にも影響することが認められた。このことから、THA術後の歩行能力向上に対する理学療法では、術側股関節HPの運動拡大への考慮の必要性が示唆された。 今後は、両群の年齢や性別を配慮し、対象数を十分なものとしてHPと同様に改善を認めなかったCPも含め、調査を継続したい。【理学療法学研究としての意義】THA患者特有の歩行中の股関節の動きの特徴を理解することは、効果的な歩行練習の展開に寄与すると考える。