理学療法学Supplement
Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: A-O-20
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一般口述発表
軟骨細胞に対する長期温熱刺激の安全性と軟骨基質生合成へ与える影響の検討
伊藤 明良青山 朋樹長井 桃子山口 将希飯島 弘貴太治野 純一張 項凱井上 大輔広瀬 太希秋山 治彦黒木 裕士
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抄録

【はじめに、目的】変形性関節症(以下OA)に対する温熱療法は古くから行われているが、その有効性を明確に示した報告はない。より効果的な温熱療法の実現のためには、刺激温度や刺激時間の違いが細胞・組織にどのような影響を与えるのかを明らかとし、最大限の治療効果を引き出す条件を確立することが必要である。また、再生医学の進歩によりOAに対する細胞治療が模索されている。細胞治療効果の是非は、移植細胞が軟骨再生をより促進するような環境に整備することが鍵となることから、温度環境が軟骨代謝に与える影響を解明することは再生リハビリテーションの知見としても重要である。本研究では、長期温熱刺激の軟骨細胞に対する安全性の検討と軟骨基質生合成へ与える影響について検討した。【方法】食肉用に販売されているブタ(約6 カ月齢)後肢を購入し、膝関節から軟骨細胞を採取した。刺激温度条件は、通常膝関節内温度付近として32℃、深部体温として37℃、哺乳動物細胞生存の上限付近とされる41℃の3 条件とし、3 台のCO2 インキュベーターを用いて温熱刺激を加えた。温熱刺激の安全性の検討は、各温度単層培養下において48・96 時間刺激後の細胞数と細胞生存率の測定、72 時間刺激後のアポトーシス陽性率の測定、さらに48 時間刺激後の細胞形態の観察により実施した。温熱刺激による代謝変化は、48 時間刺激後に遺伝子発現変化を測定することで解析した。軟骨基質生合成の検討は、各温度で3 週間三次元培養後、組織切片を作成して硫酸化グリコサミノグリカン(以下GAG)の産生を定性的に比較した。さらに、DMMB法にてGAG量を定量評価した。最後に、各温度が関節軟骨剛性に与える影響を検討した。上記ブタ大腿骨滑車面から関節軟骨柱を採取し、各温度で48 時間器官培養後に圧縮試験機で弾性率を測定した。【倫理的配慮、説明と同意】本研究ではブタ由来の細胞を用いるが、食肉処理業者によって屠殺され、食用に販売されている後肢を購入して実験に用いるため、動物実験委員会の承認が必要な研究には該当しない。しかし、細胞の取り扱いには十分に注意し、実験後はオートクレーブによって確実に加熱処理した後に処分した。【結果】細胞生存率は温度間に有意な差は認められず、90%以上の生存率を保っていた。アポトーシス陽性率についても温度間に有意な差は認められず、1%未満の陽性率であった。細胞形態の変化として、正円率および縦横比から温度が高くなると紡錐形を呈することが示された。遺伝子発現変化は、軟骨基質生合成に関与するII型コラーゲン、アグリカン、Sox9の発現量は温度が高いほど増加した。脱分化を示唆するI型コラーゲンの発現量も温度上昇により増加したが、II型コラーゲン/I型コラーゲン比をみると、32℃と37℃間では差が認められず、41℃で有意に高かった(P<0.01)。また、軟骨基質破壊因子であるMMP13 の発現量も温度上昇に伴い増加したが、その阻害因子であるTIMP1 およびTIMP2 も同様に増加した。GAG染色による定性的評価では、32℃では染色性が確認できなかったが、37℃・41℃では特に軟骨塊辺縁部に染色性が確認された。さらにDMMB法にてGAG量を生化学的に解析したところ、41℃において有意に含有量が多かった(P<0.01)。各温度で培養した関節軟骨柱の弾性率は、37℃において32℃・41℃よりも有意に高かった(P<0.05)。【考察】細胞生存率とアポトーシス陽性率の結果から、軟骨細胞は41℃という温熱刺激に長期間暴露されても細胞死に至る可能性は低いことが示唆された。しかし、関節を構成する半月板・骨・滑膜細胞などに対する安全性の確認も今後必要である。軟骨基質生合成は、温度が高いほどII型コラーゲンやアグリカンの遺伝子発現が高まり、生成軟骨塊中のGAG量も多いことが確認された。しかしながら、関節軟骨柱の弾性率は41℃よりも37℃の方が高い結果となり、41℃では組織の剛性に悪影響が出ている可能性がある。軟骨基質破壊因子であるMMP13 の発現上昇が関与している可能性が遺伝子発現解析から示唆されるが、他の接着因子の変化やコラーゲン線維の機能的な変性なども関わっていると推測される。以上のことから、通常関節内温度である32℃よりも温度を高めることで軟骨基質の生合成が促進すること、さらに軟骨基質の機能的な性質も考慮すると37℃付近が最も効果的で安全な刺激温度であることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】OAに対する効果的な温熱療法実施のための基礎的なエビデンスを示した。また、軟骨細胞移植術前後の関節内温度コントロールが関節軟骨再生に重要であることを示し、そのような物理刺激を専門とする理学療法士は再生医療の重要な役割を担うことができることを示唆した。

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© 2013 日本理学療法士協会
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