抄録
【はじめに、目的】慢性痛に対する歩行や自転車駆動などの有酸素運動は疼痛関連症状を改善すると報告されており,Sogaardら(2011)は慢性頚肩痛に対する自転車下肢駆動運動が僧帽筋の血流を改善し疼痛を軽減したと報告している。一方,運動は末梢レベルでの生理的反応を惹起するのみでなく,運動野や運動前野を賦活し,視床下部や前頭前野を介して下行性疼痛抑制系に作用する可能性が示されている(Ahmed 2011,Niji 2012)。このように運動による疼痛制御には運動野の賦活が重要な因子であると考えられる。また,運動野は実際の運動を伴わない運動観察や運動イメージによっても賦活されることが知られている(Buccino 2004)。しかしながら,運動観察や運動イメージによる疼痛抑制効果を調べた報告はほとんどない。一方,運動により視床下部や交感神経が賦活することやノルアドレナリンが疼痛抑制に関与することから交感神経活動は運動による疼痛制御機能の指標となりうると考えられる。そこで今回,実際の運動ならびに運動イメージによる疼痛抑制効果を痛覚感受性,交感神経活動および筋血液循環動態を指標として調べ比較した。【方法】対象は,健常若年男性37 名(年齢21.2 ± 0.5 歳)とし,実際に運動を行う運動群20 名と運動イメージのみを行うイメージ群17 名に無作為に分類した。運動群は,自転車エルゴメータによる下肢駆動運動を強度50W(3METs)で20 分間行った。イメージ群は,他人が下肢駆動運動を実際に行っている姿を観察しながら,自分が運動しているイメージングを20 分間行った。なお,介入前後15 分を閉眼で安静座位とした。測定項目は,僧帽筋の圧痛耐性値(PPT),心拍変動(HRV)および僧帽筋血液循環動態とした。PPTはデジタルプッシュプルゲージ(RX-20,AIKOH)を用い,介入前,介入中(介入開始10分後),介入終了直後および15 分後に測定した。HRVは携帯型心拍変動記録装置(AC-301A,GMS)を用いて心電図を実験中経時的に測定し,心拍数,および心電図R-R間隔の周波数解析から低周波数成分(LF:0.04 〜0.15Hz)と高周波数成分(HF:0.15 〜0.4Hz)の比(LF/HF)を算出し,交感神経活動の指標とした。血液循環動態は近赤外線分光装置(NIRO-200,浜松ホトニクス)を用い,酸素化ヘモグロビン(O2Hb),脱酸素化ヘモグロビン(HHb)および総ヘモグロビン(THb)濃度変化量を実験中経時的に測定した。統計学的解析は,経時的変化はFriedman検定および多重比較検定,群間比較はMann Whitney検定を用い,有意水準を5%とした。なお,血液循環動態はeffect sizeを算出し群間比較を行った。【倫理的配慮、説明と同意】本研究は,「名古屋学院大学医学研究倫理委員会」の承認を得て行った。対象者には研究内容,安全対策,個人情報保護,研究への同意と撤回について書面にて説明し,同意を得た上で実験を行った。また,実験に際しては安全対策を徹底し,測定データを含めた個人情報の保護に努めた。【結果】PPTは,両群とも介入前に比べ介入中と終了直後に有意な上昇を示した。心拍数は,運動群で介入前に比べ介入中と終了直後に有意な上昇を示したのに対し,イメージ群は変化せず,また群間比較においても介入中と終了直後に運動群で有意な高値を示した。LF/HFは,介入前に比べ運動群で終了直後,イメージ群では介入中と終了直後に有意な上昇を示し,群間で差は認めなかった。O2HbとTHbは,運動群で介入前に比べ終了直後に有意な上昇を示したのに対し,イメージ群は変化しなかった。群間比較では,O2Hbは終了直後と15 分後,THbは終了直後に運動群で有意な高値を示した。HHbは両群とも変化しなかった。【考察】実際の運動のみでなく運動イメージによっても痛覚感受性は低下し,また生理的な交感神経活動が誘起された。一方,心拍数および僧帽筋の血液供給量は運動により増加したのに対し,運動イメージでは変化を認めなかった。これらのことから,運動イメージは視床下部や自律神経系を介する疼痛制御機能に作用したと考えられた。また運動による疼痛制御は末梢での生理的反応によるものよりも,運動野や運動前野を含む中枢性のsensory-motor systemsを介した神経性疼痛制御の修飾が関与している可能性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】運動による疼痛制御に中枢性の疼痛制御システムが関与している可能性が示されたことは,疼痛に対するニューロリハビリテーションを行う上で非常に意義深い。また,運動イメージにより疼痛抑制効果が得られたことから,運動の実施が困難な症例に対する疼痛マネジメントとして運動イメージは有効な方法となりうる。