抄録
【はじめに、目的】予め筋に軽度の求心性収縮を加えた状態から随意的にその筋を急激に短縮させる動作を行った際,筋電図上でSilent Period(以下SP)と呼ばれる筋放電の休止期がみられる.これは脳幹や脊髄などの中枢神経による神経抑制機構とされている.この抑制機構によって,筋の収縮が止まり一度伸張位となるため,弾性力や興奮性が高まり,動的筋力の向上が期待できると先行研究で報告されている.本研究ではこのSPに着目し,左下肢荷重優位な状態で左中殿筋に軽度緊張を加えた状態から,左片脚立位へ移行して中殿筋を急激に短縮位にさせることで中殿筋でのSP発生を検証し,片脚立位移行時における中殿筋SPがもたらす運動学的影響を明らかにすること目的とした.【方法】広島国際大学男子学生(平均年齢21.2 歳)の下肢に整形疾患既往のない健常者10 名を被検者とした.測定課題動作は左下肢荷重を体重の70%と80%とした両脚立位の状態から,ビープ音を合図に素早く左脚片脚立位を行った.測定課題動作時の左中殿筋活動電位の計測は筋電計Telemyo2400(Noraxon社製,Scottsdale)を使用し,身体重心(COG)と足圧中心(COP)の位置変化と骨盤・大腿骨の傾斜角度は,三次元動作解析装置VICON MX(Vicon Motion System社,Oxford)と床反力計(AMTI社,Wateretown)2 枚を用いて計測した.Vicon MXと床反力計から得られたデータは演算ソフトBodybuilder(Vicon Motion Systems社,Oxford)を使用して,COGとCOPの位置変化と速度,左骨盤と大腿骨の側方傾斜角度と角速度を算出した.左中殿筋の筋活動電位データは,全波整流後,単位時間あたりのIEMGを算出し,両脚立位状態での筋活動の単位時間当たりのIEMGで補正した%IEMGで示した.中殿筋の筋活動電位のパラメータは,ビープ音からのSP出現までの時間,SP持続時間,SP出現中の中殿筋活動電位量を求めた.数値と実数は平均±標準偏差で表した.SP出現時とSP非出現時の各パラメータを比較するためR(GNU-style copyleft)を用いてWelchの検定を行い,危険率5%をもって有意差ありとした.【倫理的配慮、説明と同意】研究実施に先立ち広島国際大学倫理委員会にて承認を得た.全ての被検者に対し本研究の趣旨を説明し,承諾を得たうえで計測を実施した.【結果】左片脚立位移行時に一度減少する左中殿筋%IEMGがビープ音直前の一秒間の%IEMGと比較して33.3%以下となり,その持続時間が50msec以上のものをSP出現として定義した.その結果,全被験者の解析対象試行200 回のうち,SP出現が60 試行,SP非出現が140 試行であった.各被験者のSP出現率は5 〜90%で平均30 ± 25.7%となり,ビープ音からSP出現までの時間は264 ± 48msec,SP持続時間は131 ± 54msec,SP出現時の中殿筋活動電位量は24.9 ± 5.2%IEMGであった.SP出現時とSP非出現時のCOGとCOPの速度,最大角速度に統計的に有意差は認められなかった.【考察】荷重をかけ左中殿筋を軽度緊張状態に置いた状態から急速に左片脚立位動作を行うことで,SPが発生することが明らかとなった.三田らは,10 名の被験者にて上腕三頭筋を被験筋とした場合,SPの出現率は31.0 ± 10%であったと報告している.これを本研究より得られた中殿筋のSP出現率30.0 ± 25.7%と比較すると,上肢筋と下肢筋でのSP出現率に大きな差はない結果となった.本研究では,中殿筋のSP出現時と非出現時によるCOGとCOPの最大速度,骨盤・左大腿骨の最大角速度を比較したが,有意差は認められなかった.青木らは上腕三頭筋を被験筋とした研究でSP出現群の方が非出現群に比べて最大動的筋力の差は有意に大きいと報告している.そして,それらは伸張性収縮後から求心性収縮後に発生する弾性エネルギー,相対性筋放電の同期性の高まりによるものであると示唆している.本研究においても,SP発現時に股関節内転が生じており,弾性エネルギーの利用が推測される.しかし,運動学的挙動を解明するに至らなかった.その理由として先行研究は,上腕三頭筋を被験筋とした肘関節伸展の単関節運動で測定されているのに対して,本研究では多関節運動連鎖で行われる片脚起立動作で測定しており,本研究で着目した股関節以外の影響も受けやすかった事が結果に影響したと推察される.本研究にて中殿筋SPの出現方法やその出現率,時間的特徴は得られたが,運動学的挙動を解明するには至らなかった.今後,運動学的挙動とその出現動態を解明することで,上記の疾患に対して,中枢神経抑制機構の影響やその発生条件も視野に入れた理学療法を提供できると考える.【理学療法学研究としての意義】本研究からSPが及ぼす運動学的影響は明らかにできなかった。しかし,片脚起立動作時にSPが出現し,その出現率は個人間で変動が多きことは明らかとなったことは,SPの生理学的意味を解明するうえで意義がある。