抄録
【目的】 高齢者にとって,歩行速度はADLの自立度,施設入所,さらには生命予後との関わりが示されている非常に有用な指標である。歩行速度は様々な要因によって規定されるが,中でも,筋パワーは筋力以上に歩行速度との関連が示されている非常に重要な指標である。筋パワーとはごく短時間に発揮できる力の大きさを指し,筋力や筋量以上に加齢に伴う低下率が高い。また,力学的には筋力と動作速度の積で算出されることから,近年,動作速度の重要性が指摘されている。しかし,動作速度と歩行速度の関係については明らかにされていない。 そこで本研究では,出来るだけ素早く上肢を動かした際の動作速度(以下,上肢動作速度)と歩行速度との関係を明らかにすることを目的とした。動作速度の指標には,歩行に直接影響を与えない因子として,上肢動作を用いた。【方法】 介護予防事業の拠点施設で募集した地域在住高齢者78名を対象とした。対象者の選択条件は,60歳以上であること,歩行が自立していること,通常歩行速度が高齢者の正常とされる1m/sec以上であること,日常生活を送る上で認知機能に問題がないこと,の4条件とした。測定項目は,上肢動作速度,最速歩行速度,BMI,筋肉率,体幹屈筋,体幹伸筋,膝伸展筋とした。 上肢動作速度の計測は,以下の方法で行った。通常の長机(高さ60cm)の上にスタート線,40cm離した位置にゴール線を引き,対象者にはトランプのケースを把持したまま,スタート線からゴール線を越えるまで,出来るだけ素早くケースを移動させるように指示した。測定装置として,スタート線から10cm,40cm離した2箇所に赤外線センサーを設置し,センサー間(30cm)を通過するのに要した時間を1/1000秒単位の測定が可能なストップウォッチ(デジタイマー,竹井工業社製)で計測し,速度を算出した。3回の練習の後,2回計測を行った。ケースが浮いてしまった場合や,手から離れてしまった場合は,再計測を行った。最速歩行速度は,本学の測定室内に設置した10mの歩行路の中央5mの歩行に要した時間から算出した。筋肉率はインピーダンス方式による筋量測定装置(Physion MD,フィジオン社製)を用いて測定した。体幹屈筋および伸筋はSuriらの方法に従い,座位および立位での体幹保持時間をストップウォッチにて計測した。膝伸展筋力は等速性筋力測定装置(Biodex System3, Biodex社製)を用いて,60deg/secでの最大トルクを計測した。 統計処理は以下の方法を用いて実施した。まず,上肢動作速度の測定値について, Kolmogorov-Smirnov検定により正規性を検討し,その再現性について級内相関係数を算出した。その後,上肢動作速度と最速歩行速度の関係についてPearsonの相関係数を求め,また,年齢と身長で補正した偏相関係数を算出した。さらに,最速歩行速度を従属変数,年齢,身長,体重,筋肉率,体幹屈筋,体幹伸筋,膝伸展筋力および上肢動作速度を独立変数とした重回帰分析を行った。全ての統計解析にはSPSS Ver. 20.0を用い,危険率5%未満を有意とした。【説明と同意】 大阪府立大学総合リハビリテーション学部研究倫理委員会の承認のもと,全ての被験者に本研究の目的および内容について十分に説明し,文書で同意を得た上で実施した。【結果】 対象者の平均年齢は73.2±6.1歳で,男性22名,女性56名であった。最速歩行速度の平均は1.9±0.2m/secであった。上肢動作速度の最小値1.5m/sec,最大値3.3m/sec,平均2.4±0.4m/secであり,正規分布を示した(p = 0.196)。また,級内相関係数ICC(1,1)は0.88 を示した。上肢動作速度は,最速歩行速度と正の有意な相関関係が認められ(r = 0.46, p < 0.01),年齢と身長で補正した場合においても偏相関係数は0.41で有意な関連が認められた(p < 0.01)。最速歩行速度を従属変数とした重回帰分析の結果,年齢(β= -0.41),膝伸展筋力(β= 0.30),上肢動作速度(β= 0.25)が有意な項目として選択され,自由度調整済み決定係数(R2)は0.52であった。【考察】 上肢動作速度が正規分布し,高い再現性が認められたことから,運動機能の評価指標として用いることが可能であることが示された。また,この指標が歩行速度と有意な関係を示し,重回帰分析によって選択されたことから,素早く動かす能力は歩行速度に影響を与える因子であることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 高齢者の運動機能を考える際に,筋力だけでなく,動作速度にも着目すべきであることを示唆している点。